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第3話

「オレも、そういう経験はないから……」 分からない、ということだろうか。うーん、と少し考え、あ、と夏樹は提案することにした。 「抱きしめるのは?」 「構わん」 「膝枕は?」 「構わんが、男のオレにそんなことしても嬉しくないだろう」 いやいや、とっても嬉しゅうございます。膝枕は夢です、ロマンスです、と心の中で呟いた。 「じゃあ、何がダメなの?」 「んー……」 明希は更に困った様子で頭を抱えた。まさかこんなに困らせるとは思わなくて、夏樹は少しばかり踏み込むことにした。 「チューは?」 さすがにこれは却下されるだろうと思った。好きでもない男にキスなんてされてもただただ気持ち悪いだけだろうから。 「……まあ、オレのような男が相手でいいなら別に」 「まじか」 信じられなかった。まさか明希が、キスの許可をしてくれるなんて。だけどもまあ、本人から許可をもらったのだから、これは是非とも実行すべきではないだろうか。千載一遇のチャンスとはまさにこのこと。こんなチャンス、この先あるかないか分からない。 「試していい?」 「お前はそれでいいのか?」 いいに決まっている。目の前にいる男は夏樹の恋焦がれる相手なのだから。明希は少し悩んだ後、少し俯いて目を閉じた。どくん、と心臓が高鳴った。高鳴るとかそんなレベルじゃない、煩いくらいに鼓動の音が響いてくる。ゆっくりと近付いて、夏樹の顎をくい、と上げた。時が止まったかのような静寂の中、二人の唇は重なった。軽く触れ合うだけのバードキスだが、夏樹には夢のような一時だった。明希の唇は柔らかく、温かい。ずっとこうしていたいけれどそうもいかないので頃合いを見て距離をとった。唇が離れると、明希はすぐにまた俯いた。 「なんかドキドキした」 夏樹は率直な感想を述べた。明希もこくり、と小さく頷く。 「明希?」 どうしたのだろう、と心配になり、夏樹は明希の顔を覗き込んだ。いつものポーカーフェイスが嘘のように真っ赤になっている。 「初めてだった?」 「こんな機会、ないからな」 「そか。オレも初めてだったけど、すっげー緊張したよ」 自分だけかと思いきや、明希もまさかのファーストキスだったらしい。でも、許可したのは明希本人だ。文句は言われないだろう。 「なあ、明希。もう一段階上のキスは、さすがに駄目だよな?」 「……そんなキスがあるのか?」 その返しは想像していなかった。好奇心旺盛、性欲盛んな男子中学生ならインターネットやらなんやらで調べそうなものなのに。いや、それは夏樹だけなのかもしれないが、とにかく、それを口で説明するべきか悩んだけれど、無許可で実行するわけにはいかない。 「大人のキスだよ。ベロチューって言えば想像つく?」 「なんとなくは分かったが、男同士でそれはさすがに気持ち悪いだろう?」 普通なら勿論そうだろう。だが、相手は明希だ。気持ち悪いどころか、夏樹はむしろ興奮する。 「他のヤローならごめんだけど、明希なら全然いけるよ、オレ。」 「お前、実はホモか?」 ぎく、とした。ここで肯定したらどれだけ楽になるだろうか。だけど、カミングアウトしたとして、それを許容してくれるという保証はない。下手すれば、この関係すら危うくなってしまう。なので、ここは「どうだろうな」とか言って適当に誤魔化した。 「したいならすればいい」 「おおおお!明希ちゃんマジ太っ腹!」 夏樹は正座し、一礼したあと、失礼します、と言って明希に近付いた。ちゅ、と唇にキスをする。ここまでは先程と変わらない。さて、どのタイミングで、いかようにしてディープキスに移行すればよいのだろうか。夏樹も初めてなのでやり方はよく分かっていない。舌同士を絡ませるためには、まず口を開けてもらわなければ。タイミングを見計らっていると、突然、ぐい、と明希に抱き寄せられた。前触れなしの出来事に一瞬頭が真っ白になった。 「あ……」 明希、と言おうと口を開いた刹那、生温かい肉厚のものが口内へ侵入してきた。間違いなく明希の舌だ。驚いて体を退こうとしたが明希の腕にがっちりと体を固定されてしまい身動きが取れない。舌を上手い具合に絡み取られ、上手く呼吸ができなくなった。 「んっ、んぅ……」 本当にキスをするの、初めてだろうか。ぞくぞくぞく、と快感が全身を駆け巡る。やがてその快感は、己のある一点に集中し、無意識に開いていた足を閉じた。 「夏樹、」 唇を離すと明希は夏樹の頭を優しく撫でた。肩で息をする夏樹は何が何だかわからなくなっていた。ずっとされるがままの明希が、急に攻めに転じてきて、初心者とは思えないキスを食らわされた。おかしい、攻めはさっきまで夏樹だったのに。いや、そうじゃない、そこじゃない。重要なのは、明希が攻めてきたことだ。面白半分なのか、見兼ねての行動なのか、あるいは、夏樹のことを少しでも想ってくれているのか。

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