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第4話

「お前に話さないといけないことがある。」 真剣な面持ちになり、明希は夏樹の片手を握った。ここにきてのまさかの告白? 期待で胸を膨らませ、こくん、と夏樹は頷き、続きを待った。少し間を開け、明希は少し声を小さくした。 「遠くへ引っ越すんだ。転校もする。もう会えないだろう」 「……え?」 それは予想していなかった言葉だった。目が点になって、頭の中が真っ白になった。だが、冗談を言っているようには見えない。明希は真剣そのものだ。 「マジ?」 自分の耳を疑って夏樹は聞き返したが、明希は頷くだけで否定しない。明希とは偶然にも今日までクラスが一緒だったため、腐れ縁だな、とか陽気に話していた。二人はそんな仲だ。これから先も、なんだかんだでずっと一緒にいるんだろうな、とぼんやりとした未来を思い描いていた。だから、明希がいなくなるという現実をそう簡単に受け入れることができなかった。 「……なんで?」 「親の都合。どうにもならない」 親の都合での引っ越しとなると、子どもは無力。嫌だと言ってもそれはただの我儘で、いくら駄々をこねても現実は変わらない。夏樹もそのくらいは分かるので、その理由を聞くと、もうどうにもできなかった。いやだ、行ってほしくない、と言っても明希が困るだけだ。じゃあ、なんと言えばいい?気の利いた言葉なんて今の夏樹には思い浮かばなかった。 「もう会えないのかな」 「……かもしれない。大人にならないとわからない」 このままさよならしていいのだろうか。転校します、はいそうですか、さようなら、と割り切れるほど夏樹はまだ大人にはなりきれていない。 「メールする」 絞りだした言葉はそんな言葉だった。違う、もっと言いたいことが山ほどある。 「返事しろよ?」 「無視したことは一度もない」 「はは、そうだったな」 どうでもいい内容のメールにだって、明希はいつでも律儀に返事をくれる。そういう性格なのだろう、と夏樹は理解している。明希はテーブルの上に置いた麦茶を啜りながら窓の外を眺めていた。明希にとって、この景色を見るのもあと数日なのだ。色々と思うことはあるだろう。思い返せば明希はいつも夏樹の側にいてくれた。そう、ずっと隣にいてくれた。それが当たり前の日常だった。これから先もずっと続くと思っていた。 「明希、」 呼ぶと、明希は目線を窓の外から夏樹へ向けだ。どくん、と鼓動が高鳴った。明希はきっと呆れるだろう、夏樹が明希に対して友情以外の想いを抱いていたと知ったなら。だけど今、伝えなければ後悔する。分かってはいるけれど、どうしても、その二文字を言葉にする勇気がない。この関係が崩れることが、夏樹には一番恐ろしかった。だから、その言葉は胸の内にしまい、別の言葉を使うことにした。 「今は無理でも、大人になったらずっと一緒にいてほしい」 どくん、どくん、と心臓が煩い。明希に聞こえてしまうのではないか、と有り得ない心配をしてしまうくらいだ。明希は一瞬目を丸くしたが、口元を緩め、ふ、と笑った。 「まるでプロポーズだな」 「いや、あの、つまり言いたいのはだな、」 「夏樹がオレのことを大切に想ってくれてるのは知ってるし、今のプロポーズで再確認したよ」 ククク、と笑いながら明希は言う。決して冗談で言ったつもりはなかった。むしろ、告白したつもりだった。もっと分かりやすい言葉を選ぶべきだったのだろうか。ストレートに、『好き』とか? 無理無理無理! カアアッと顔が真っ赤になる。そんな言葉、こっ恥ずかしくて言えない。それに、もし断られたらきっと立ち直れない。だからやはりその言葉は使えない。 「そこまで笑わなくてもいいだろ? ……本気なんだし」 「ああ、分かってるよ。ありがとう、明希」 違う、そうじゃない。伝えたいのは友情ではなくこの恋心だ。なのにたった一言『好き』と言えない。口を開こうとすると口の中がカラカラに乾いてしまい、それどころではなくなってしまう。だから今は、別の表現をするしかない。 「オレ、明希のことずっとこの町で待ってるから」 「でも、戻ってこれないかもしれない」 「だから!」 震える両手をぎゅ、と握りしめた。掌にじわりと汗がにじんでいる。 「大人になったら絶対会いに来いって言ってんだよ。オレはずっとこの町にいるから。絶対離れたりしないから」 俯いて、真っ赤になった顔を隠した。顔が火照っているのがわかるくらい熱い。今生の別れになってしまうなんて、絶対に嫌だった。 「……わかった、約束する。だから泣くな」 「え? あれ、」 言われて初めて、涙を流していることに気が付いた。ぽろぽろと目の端から涙が零れ落ちる。止めようと思えば思うほど涙は止まらず、どうにもできない。 「あー、泣くとか、だっせーオレ」 左手で顔を覆い、ははっと笑って誤魔化した。会えなくなる寂しさと、想いを上手く伝えられないもどかしさが重なっている。 「何年かかるかわからないが、絶対に会いに来る」 「うん」 「プロポーズされたしな」 「………そこはもう、弄らないで」 もう一度、明希はくすくすと笑った。明希のその笑みがとても綺麗で、夏樹は見惚れてしまった。普段なかなか笑顔を見せない夏樹だが、明希の前ではそれを見せる。

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