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第7話
夕食のハンバーグをご馳走になり、リビングで談笑し、お風呂に入った後に今は明希の部屋で就寝準備をしている。明希母に布団を一式渡されたので折り畳みテーブルを片付けスペースを作っているところだ。あんなことをした後なのに明希は平然としていて、何事もなかったかのようで。対照的に夏樹はずっとドキドキしているものだからなんだか悔しい。きっと好きでもない相手にエッチなことをしたってドキドキなんてしないのだろう、だから明希は普段通りなのだろう。そう、相手を想っているのは夏樹だけ。この想いは残念ながら一方通行なのだ。
「どっちがいい?」
「オレは下でいいよ」
流石に客の身でベッドを使うのは気が引けるし、何より明希のベッドで眠るなんて、興奮しすぎて無理だと思う。そういえば、ずっと枕元に置いているパソコンを明希は片付ける様子はない。部屋の電気を消すと明希はパソコンの電源を入れたので寝る気があるのかさえ不明だ。
「寝ないの?」
「寝る」
「え?でもパソコンつけてんじゃん」
見てもいいか尋ねると、いい、と言うので画面を覗き込んだ。水槽の中の熱帯魚が気持ちよさそうに泳いでいる動画だ。申し訳ないが、見ていて面白いとは思えない。毎晩これを見ているのだろうか。熱帯魚、好きなのだろうか。
「何これ」
「眠くなる動画。入眠が下手だから」
「……そうなの?」
初耳だった。所謂睡眠障害、とかいうやつだろうか。明希とは付き合いは長いけれど、今まで全然そんなこと知らなかった。お泊りしても夏樹はすぐに眠ってしまうから、その後明希が眠れず困っているだなんて気付かなかった。明希はじーっと動画を見続けているが、あまりにも退屈すぎて夏樹はついうとうとしてしまう。気を抜いたら寝てしまいそうなので画面を見るのをやめた。
「眠れそう?」
「今日は時間がかかりそうだ」
明希の目はぱっちりと開いているので全く眠くないのだろう。どうすれば眠れるようになるのか、残念ながら夏樹の知識では明希の入眠を助けることはできない。
「……寝れるまで、なんか喋る?」
折角明希と一緒にいて明希は起きているのに夏樹だけ寝てしまうなんて勿体ない、そんな気がした。
「構わない」
「そか、じゃあさ、聞きたいことあるんだけど」
夏樹の頭の中は、夕方の情事のことでずっといっぱいだった。
「明希ってあんな知識、どこで仕入れるの?」
「あんな……? ああ、」
それが夕方のことを示しているのだと察知すると、明希は少し困ったような表情をした。
「まあ、親があんなオープンな人だからな」
「親かよ!」
てっきりインターネットとか雑誌とか、そういう回答が返ってくると思っていたのでそれは予想していなかった。一体普段どんな話をするのやら。明希母の謎が深まるばかりだ。
「……気持ち良かったからさ、上手いなぁって」
キスも何もかも、気持ち良かったし嬉しかった。本当に初めてか?と疑うほどに。でも明希は、想像だ、と言うだけなので、やはり初めてという言葉に偽りはないだろう。
「夏樹、こっち来るか?」
そう言うと、明希は壁際によってスペースを空けた。パソコンも明希側に移動させている。
「体、冷えるぞ」
「え、あ、……うん」
願ってもないことだけど、下心満載の自分が一緒のベッドに入っていいものか、と少しだけ悩んだ。が、折角の行為を無下にはできないし、むしろガッツポーズを取りたくなるようなお誘いなので、ここは有り難く好意に甘えることにした。さっきまで明希がいたスペースなので人肌に布団は温まっている。隣には明希がいるし、布団からは明希の匂いがする。幸せすぎて今日はいい夢を見れそうだ。
「明希がいなくなるなんて信じられないなー」
「オレも、あまり実感はない」
だけど、その時は確実にやってくる。明希は確実に引っ越してしまうから、二人は離れ離れになってしまう。もうこんなイベントも起きないだろう。そう思うと、切なくなってくる。
「オレのこと忘れんなよ」
「……」
あれ、返答がない。それはショックなんですけど、と隣を見ると、うとうとする明希の姿があった。眠くなってきたらしい。
「すまない、お前が隣に来たら、眠くなって、」
「寝なよ、チャンス逃したら眠れなくなるよ」
明希はもう一度、すまない、と言って目を閉じ枕に頭を預けた。すぐに寝息が聞こえたので本当に眠ってしまったのだろう。いつの間にかパソコンは消えている。眠ってしまった明希の頭を撫で、夏樹は少し笑みを漏らした。自分の横でなら眠れる、とか、なんだか明希の特別になれたみたいで嬉しい。
「おやすみ、明希」
そう言うと、夏樹も静かに目を閉じた。
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