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第13話
「明希、今日、お母さんは?」
「いない」
明希は言いながら、下半身に優しく触れてくる。唇を食まれながら触られて、頭がおかしくなりそうだ。もっとキスをしてほしい。すぐにでも性を解放したい。そんな欲望だらけの脳内で、夏樹は居ても立ってもいられなくなった。明希の背中に手を回すと、そのまま、自分の背をベッドに預けた。傍から見ると、明希が夏樹を押し倒しているような体制だ。明希が何か言おうとしたのをキスで制し、足を明希の腰に絡めて距離を縮めた。
「ごめん、明希、苦しい」
この快感による苦しさを、なんとかしてほしかった。自分で解放するのは簡単だけれど、今は明希の手でしてほしい、そんな思いで精いっぱい明希に意思を伝えようと努める。
「明希ぃ……」
「…………はぁ」
何の溜息だろうか。呆れられたのだろうか。この下半身馬鹿が、とでも罵られそうで身構える。自分でも、何てことをしているんだろう、とは思っている。夏樹は明希に恋をしているが、明希はそうではない。友情の延長線上で夏樹の我儘に付き合ってくれているだけだ。それは分かっているのに、まるでもっとほしいとねだるようなことをしてしまって。止めておけ、と自制する気持ちは勿論あるのだけれど、その理性的な考えよりも感情的な行動の方が勝っていた。今、こうしている間にも下半身は疼いて仕方ない。明希がいなければすぐにでも自慰を行うくらいに、だ。
「夏樹、こういうことはオレだけにしてくれよ」
頼むから、と念を押された。勿論、好きでもない人間とこのような行為を行おうとは思わないのでこくんと素直に頷いた。
「それと、一応オレ、男なんだ」
そんなことは知っている。だからキスより先は求めていない。先日は明希が好意で夏樹のものを処理してくれたけれど、夏樹のことを友達としか思っていない明希に連日そのようなことは求めない。気持ち悪がられたらそれこそ終わりだからだ。こくん、と頷くと、明希は困ったような表情を見せた。
「そんなに誘われたら、……」
小声でそんなことを呟きため息をつき、明希は手で顔を覆った。一体どうしたのだろう。絡めていた足を下し、夏樹は明希のアクションを待った。明希は相当何かに困っているようで、どうやら言葉を選んでいる最中らしい。何を言いたいのか、何を伝えたいのかわからない夏樹はただただ明希の言葉を待つ。
「軽蔑してくれて構わないんだが、」
明希は一度口を噤んで悩み始めた。一体どうしたのだろう、何をそんなに悩ませているのだろう。夏樹が明希を軽蔑するなんて有り得ないのに。
「軽蔑しないから、言って」
「………………したい」
小声でぼそりと、明希はそう呟いた。その前に何か言っただろうか、よく聞き取れなかった。首を傾げると、明希は口元を手で覆い、夏樹から視線を逸らした。気のせいか、頬が赤らんでいるように見える。
「何をしたいんだ?オレに何かできることあるなら言ってよ。」
少し上体を起こし、夏樹は明希を見た。
「……いや、だから、」
明希は散々悩みぬいたようで、大きなため息をついて、突然、夏樹を強く抱きしめた。突然の抱擁に驚いたのは夏樹だ。驚きと嬉しさで硬直し、動けなかった。したかったのは、抱擁だろうか。だとしたら、そんなことで悩まないでほしい。夏樹は明希に対して、それよりはるかにハードルが高いお願いをしているのだから。
「これ?悩むなよ、明希、拒否るわけないじゃん」
「……」
しばらく無言の状態のまま、明希は夏樹を抱きしめていて。そして静かに、そうだな、とぼそり呟いた。それが何を意味するのかは夏樹にはわからなかった。
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