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第28話

少し遅い帰宅ならば親は何も言わなくなった。 学校には真面目に行っているし、成績も残している。 毎日遅いわけではないので、一応、遅くなる時は連絡も入れるようにしている。 朝も何もなく、夏樹は家を出た。 今日音流が登校するならばきっと今日もそういう流れになるだろう。 放課後に親に連絡を入れなくてはならない。 「おはよ、夏樹!」 教室に入ると、小野が笑顔で手を振ってくれた。 出席番号順のため、席は離れている。 ので、いつも入ってすぐに小野は声をかけてくれる。 「聞いた?転校生くるらしいよ」 「転校生?」 「男って噂!仲良くなれるかなー」 小野はにこにこ笑顔で楽しそうにしている。 「この時期に転校かー。そいつも大変だな」 「まあねー」 ベルが鳴ったので別れを告げ、一番後ろの窓際の席に座った。 前の席にはギリギリ滑りこんで登校した音流が座っている。 本当に登校してきたようだ。 しかも、寝坊するなという夏樹の言葉をきっちり守って。 「なっちゃん、オレ間に合ったんだからさ、放課後サービスしてよ」 「ここでンな話すんな」 「えー?」 ブーブー文句を言いながらも担任の男の教師が入って来たので音流は大人しく前を向いた。 不真面目だけれど、ホームルームや授業を妨害するような行為は一切しないので平和な不良である。 出席をとり終えると、教師がこほん、と咳払いをした。 「あー、今日は転校生を一人、紹介する。入れ」 ああ、本当に転校生なのか、と思いつつも興味はないので夏樹は窓の外を眺めていた。 今日も暑そうだ。 木々の緑が生い茂っていてそこの木陰で寝たら今の時間なら気持ちいいんだろうな、なんて思っているとドアが開いた。 一限目なんだったかな、なんて考えている自分は本当に興味がないんだろうな、と心底思った。 「じゃあ、自己紹介を」 「はい」 (……ん?) 聞き覚えのある声が聞こえた。 懐かしい声だ。 まさかと思いながらもゆっくりと黒板の方へ顔を向けた。 「加賀明希です。よろしくお願いします」 「………!?」 明希が、いる。 黒板を背に立っているのは正真正銘、夏樹の知る明希だった。 黒板にも『加賀明希』とはっきりと書かれている。 中学時代より更に身長は伸びたようで、それでも、雰囲気は変わっていなくて。 「和谷の後ろが空いているからそこに座りなさい。和谷、後ろの空いてるイスと机運んで」 「……あ、はい」 意味が分からなかった。 机とイスを運びながらも、頭の中はパニック状態だ。 何故ここに明希がいるのだろう。明希は三年前、どこか遠い所へ転校していって、音信不通になったではないか。 何故戻ってきたのだろう。何故、同じ学校にいるのだろう。 「夏樹」 机を触れる明希の指が少しだけ夏樹に触れた。 どくん、と鼓動が高鳴った。 緊張し、体が硬直した。 マトモに前を見れなくて、視線は机に向かったままだ。 「ただいま」 「……ッ!」 夏樹にだけ聞こえる明希の小声に何も反応できなくて、小さく頷いて慌てて自分の席に戻った。後ろでイスを引く音が聞こえる。緊張しすぎて後ろを振り向けない。 後ろどころか、窓すら見れない。 窓に映った明希を見てしまいそうで怖かったから。 ホームルームの内容は頭に入ってこなかった。 ずっと頭の中でぐるぐると考えていた。 だけど答えは出なかった。 何故ここにいるのか、何故この学校を選んだのか。 何故、この町に戻ってきたのか。 ホームルームが終わると同時、明希の周りには数人のクラスメイトが集まった。 中学時代からの知り合いもいて、話が弾んでいるようだ。 「いつ戻って来たんだ?ずっとここにいるの?」 「ああ、そのつもりだ」 ずっと、ここにいる?本当に?一時的に戻って来たとかではなく? 「昼休みに色々案内するよ」 「いや、それは、」 何故か視線を感じる。一人ではない、複数の視線だ。 「夏樹にお願いするから大丈夫」 「だよなー。お前らおしどり夫婦だったもんなー」 ははは、と笑うクラスメイトたちと、それを否定しない明希。 ああ、どうすればいいのだろう。 本当に今、真後ろに明希がいる。 ずっと待ち焦がれていた明希がすぐそこにいる。 なのに、どうして、 「よろしくな、明希」 「ああ、よろしく」 どうしても、後ろを振り向けない自分がいた。

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