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第30話
教室を出て、簡単に校舎の説明をする。
歩きながら、人気のない階段にやってくると、ぐい、と手を掴まれた。
「夏樹、ここはあまり人は来ないか?」
「うん、この時間は通らないと思う」
そうか、と呟くと、明希に壁際まで迫られてしまった。
逃げ場を失い、所謂壁ドン状態になってしまう。
かあっと恥ずかしさで熱くなり、顔を逸らすと耳元まで明希の顔が近付いた。
「キス、していいか?」
小声で耳元で囁かれ、心臓が飛び出てしまいそうだった。
どくん、どくん、と心臓の音が煩い。
こくんと頷くと、明希に顎をくい、ともたれ、強制的に前を向かされた。
きゅ、と固く目を閉じた。
柔らかく温かい唇が夏樹のものに触れた。
キスをするのなんて三年ぶりだった。
体は許していても唇だけは許さなかった。
唇だけは明希のものだとずっと思っていたからだ。
唇が離れると、夏樹は静かに目を開けた。
明希の頬が赤く染まっている。
肌が白いからそれが顕著に表れている。
「本当にすまなかった。向こうにいる間、色々あって」
明希は本当に申し訳なさそうにして、夏樹を優しく抱きしめた。
ふわり、と明希の匂いがする。
本当に戻ってきたのだと実感する。
「精神的に、何もできなくなって……すまない」
「精神的に?」
明希は夏樹を抱きしめたまま、ああ、と頷いた。
「両親が、離婚した。今は母親と暮らしている」
「離婚……?は?え、でも、苗字、」
「もともと母方の苗字だったらしい」
つまり、両親が離婚して、精神的に病んで、スマホを触る精神的余裕がなかったらしい。
あの「ごめん」はそういう意味だったようだ。
「連絡、とろうとしたんだが、何を打てばいいかわからなくて」
「で、今日になったって?」
「その通りだ」
「……いや、言葉足らずにも程があるだろ」
それならそうと説明してくれればよかったのに。
そうすれば、落ち着いた頃にでもメッセージを送ったし、否、毎日でもめげずに送り続けることができただろう。
「ごめん」のあと、何を送っても返事がないのだ、もう愛想を尽かされたと思っても仕方ないだろう。
「バカだなぁ、明希」
夏樹はくすり、と笑って明希を抱き返した。
言葉足らずなのは今に始まったことではない。
三年前、付き合うことになった時もそうだったではないか。
あの時だって、明希だけが付き合っている気になっていて、言葉足らずで二人の間に誤解があったではないか。
「ほんと、バカ野郎だよ、お前は」
いくら悔いても過去は変えられない。
明希が内情を打ち明けてくれたとしても、夏樹は自分のことを話せない。
自分が汚いなんて暴露できない。明希に嫌われてしまいたくなかった。
もうどこにも行ってほしくなかった。
「ごめん、明希」
「夏樹?」
「ほんとに、ごめん」
そうやって、ただただ謝ることしかできなかった。
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