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オメガ編3
後日訪れたマッチングパーティは、大勢の人で賑わっていた。
会場に入ってすぐに別行動を取るように言われ、僕はすぐに壁際に避難する。
誰にも見つからなければいい……そう思っていたのに、あっと言う間にたくさんのアルファに話しかけられてしまった。
遠くにいる彼をチラリと見ると、彼もまたたくさんのオメガに囲まれている。美しいオメガたちを前に、悠然と微笑んでいる彼の姿を見ているだけで、胸が苦しい。
いけない、こんな感情は。
彼が幸せになることが、僕の喜びなんだから。
たとえそれが、ほかのオメガとであっても……彼が幸せなら僕はそれで構わない。
虚ろな気持ちで目の前のアルファたちと会話を交わしていると、不意に鼻孔を爽やかなミントの香りが擽った。
香りは徐々に濃さを増し、背中がゾクリと震える。
胸がバクバクと音を立てて、体の奥は燃えるように暑くなり、全身から汗が吹き出た。
あっ……と思う間もなく、香りに酔ってふらついた僕はその場に崩れ落ちてしまったのだ。
「どうした!?」
彼が慌てて駆け寄ってきた。
「……ヒートか!?」
はぁはぁと荒い息を吐くことしかできない僕を、驚きの表情で見る。
それもそのはず。
ヒートは二週間前に終わっているのだ。
こんな短期間でヒートが来るなんてあり得ないのだから。
だけど僕の下半身は激しく疼き、後孔が愛液で濡れそぼっているのがわかる。
ちょっとの刺激で射精してしまいそうなほど、体は敏感になっていた。
「チッ、場所を移動するぞ」
彼が僕を抱え上げようとした瞬間。
「それに触るな」
低く鋭い声が辺りに響いた。
あからさまな威嚇に、周囲のアルファたちがたじろぐ。
霞む目で声のした方を見て、僕の両目から滝のような涙が溢れた。
その人は愛おしそうな目で僕を見つめながら、一歩ずつ近付いてくる。
すぐにわかった。
――この人が、僕の運命の番……。
「待たせてすまなかった。ずっと、探していたよ」
厚い胸板に縋りながら
「会えただけで嬉しい……」
と呟くと、番は満足そうな顔をしながら僕を抱き上げた。
「……っ、待てっ!」
彼が叫ぶ声がした。
「そいつをどこに連れて行くんだ!」
番は彼を一瞥すると
「お前には関係ない。これは、俺の運命の番だ」
そう言って会場を後にした。
番のマンションに運び込まれた僕は、その日のうちに項を噛まれて、正式に番となった。
翌日、家族に番を紹介すると、皆手放しで喜んでくれた。
「あのまま質の悪いアルファに囲われたままだったらどうしようかと思っていたわ……」
そう言って泣く母を見て、僕は自分がどれだけ愚かなことをしていたのか、初めて思い知った。
「僕はなんて親不孝者だったんだろう」
「親御さんも君も、その分これから幸せになればいい。俺は絶対不幸になんてしないから」
そういうと番は、僕の唇にキスを落とした。
番の家で暮らすために、彼の家にある荷物を取りに行った。
一緒に暮らしていた年月は長いけど、彼にいつか番ができたとき、すぐに出て行けるようにしていたため、僕の私物は限りなく少ない。
あっという間にまとめ終わり、ダンボール二箱に収まった荷物を持って彼の家を後にした。
「おい……」
声をかけてきた彼に
「あなたにも、早く運命が見つかりますように」
そう言って僕は、精一杯の笑顔でサヨナラを告げた。
「呆気なかったな。いいのか?ずっと一緒に暮らしていたんだろう?」
「……彼のことはたしかに好きだった」
それこそ番になりたいと切望したほどに。
でも。
「もう過ぎたこと。僕にはあなたがいるから」
番いたいと思った相手を簡単に捨てて、次の恋を掴み取った僕を、移り気なやつだと思うだろうか。
だけどもう、どうしようもないんだ。
僕の心はもう、番以外には動かない。
番以外は欲しくない。本能がそう叫ぶ。
とは言え、身勝手な行動だと思われたらどうしよう。
もしも嫌われてしまったら……? 不安がよぎる。
けれど番は僕の頭をクシャッと撫でて
「過去なんて必要ない。それにあの男に連れられて行ったマッチングパーティで出会ったのも、運命の一端だったのかもしれない。君は俺に会うために、あの男の側にいたんだよ」
番の優しい言葉に、僕の胸は暖かいもので満たされていく。
今までずっと、望んでも手に入らないものを、番は簡単に与えてくれる。
「運命の番……ずっと嫌な言葉だと思っていたけど、あなたに出会ってこの世で一番尊い言葉に変わったよ。……愛してる」
俺もだよ、そう言って彼は再びキスを落とした。
その唇の温もりに、僕は新しい世界の始まりをたしかに感じたのだった。
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