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アルファ編3
パーティー会場は、大勢の人で賑わっていた。
参加者はアルファかオメガのみ。全員が番を求めて、貪欲に活動していた。
「お前も好きに遊んでおいで」
そう言ってあいつの側を離れた。
あいつも俺以外のアルファを知った方がいい。
そのうえで、俺が一番最高のアルファなのだと理解すればいい。
そんな俺に愛されているとわかったら、あいつは涙を流して喜ぶだろう。
ひとりになった俺の元に、オメガたちが群がった。
目線だけであいつを探すと、飢えたアルファどもに囲まれているのが見えた。
――俺のオメガに群がりやがって……。
アルファどもに囲まれるあいつを見ただけで、苛立ちが激しさを増す。しかしそれを抑え、なんでもないような顔をしながらオメガたちと談笑を続けた。
しかし心はここにあらず。
思わず口元が緩む。願った未来はもうじき手に入る。
そう信じて疑わなかった。
なのに。
突然、熟れたリンゴに似た甘やかな香りが、会場中に漂った。
あいつのフェロモンだと、すぐに気付く。
以前、予定より早くヒートが始まった際に一度だけ嗅いだことがあるが、これはそのときよりも強烈に匂っている。
ヒートは二週間前だったはず。なのになぜ、こんなにフェロモンが香っているんだ?
俺は慌てて駆け寄った。
大勢のアルファに囲まれている最中に、こんなフェロモンを垂れ流しにして、万が一にも誰かに奪われたら……と恐れたのだ。
俺が近寄るとあいつは、トロンと蕩けた目で見上げた。
頬は紅潮し、呼吸が荒い。
息を吐き出すたびに、フェロモンがどんどん濃さを増す。
「チッ、場所を移動するぞ」
すぐに連れて行かなければ、ほかのアルファに手出しされてしまう。
一刻も早くマンションへ戻って、項を噛まなくては……。
あいつを抱き上げようとした瞬間。
「それに触るな」
低く鋭い声が辺りに響いた。 声の主は、俺の友人だった。
その声に歓喜したあいつは、脇目も振らずに友人の胸に縋り付いたのだ。
まるで俺の存在など忘れたかのように。
「……っ、待てっ! そいつをどこに連れて行くんだ!」
それは俺の番だ。
俺の恋人なんだ。
頼む、連れて行くな。俺から奪わないでくれ!
心の中で何度も叫んだが、友人は俺の言葉を拒絶した。
「お前には関係ない。これは、俺の運命の番だ」
友人はあいつを抱いたまま、一度も振り返ることなく会場をあとにした。
**********
一週間後、マンションの荷物を引き取りに、あいつがやってきた。
隣には当然、元友人の姿が。手を繋ぎ、心底幸せそうに微笑むあいつ。
好き。
大好き。
愛してる。
元友人を見つめる目が、そう語っていた。
あの日、パーティー会場から去って行った元友人たちを呆然と見送った俺は、その姿が見えなくなってだいぶ経ってから、ようやく我に返った。
慌てて携帯に連絡したが、あいつや元友人が電話に出ることはなかった。メールやSNSも同様だ。
連絡が取れない間、俺はあいつを奪われたのではないかと気が狂いそうだった。
元友人から連絡が入ったのは、夜が明けてすぐのこと。
「番になった」
そう一言告げられて、俺はあいつを永遠に失ったことを知った。
友人との関係もそこで終わり。
こうなった以上、今までのような付き合いなど、できるはずがなかった。
二箱に纏められた段ボールを見て、あいつの持ち物はこれだけだったのかと、改めて愕然とした。
知らなかったのだ。あいつがなにを持っていたかなんて。
そんなこと知らなくたって、俺たちは上手くやっていた。
やっていたはずだったのに……。
「おい……」
去りゆく背中に、思わず声を掛ける。
少しでも俺を想う気持ちが残っているなら……一縷の望みを託す。
しかしあいつは美しく微笑みながら
「あなたにも、早く運命が見つかりますように」
と言って、今度こそ本当に去って行った。
その笑顔は綺麗で純粋で……俺が今まで見たこともない、美しいものだった。
――俺はあいつに、あんな顔はさせてやれなかった。
俺と一緒にいるときのあいつは、はにかんだような、少し寂しげな笑顔ばかり浮かべていたのに……。
このときになって俺は、今まであいつに無理をさせていたのかもしれないと思い知った。
激しい後悔が押し寄せてくる。
「好きだったんだ……本当にお前を愛していたんだ……」
思わず零れた本心が、静かな部屋に溶けて消えた。
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