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運命の番編1

 友人がオメガを飼い始めたらしい。 「それってセフレのことか? 飼ってるって……ペットじゃないんだからさぁ、言い方考えろよ」  別の友人が、呆れたように言う。 「セフレ……ではないな。もちろん恋人でもない」  友人曰く、ペットの彼は控えめな態度な性格で、決して出しゃばる真似はしないのだとか。  わがままを言わず、無茶なおねだりもしない。そればかりかありえないくらい気が利いて、友人が思っていることを先回りして全てやってくれるそうだ。  反抗的な態度は一度もとったことはなく、友人のいうことは全て受け入れる。「マンションから出るな」と命じただけで、本当に一歩も出ずに友人の帰りをひたすら待つ健気ぶり。  見目もよく、好きなときにかわいがれて、ときにはアブノーマルなセックスだって受け入れてくれる。 「忠犬って言葉が似合うやつなんだ、あいつは」  友人は自慢げにそう話した。  元来オメガというものは、あざとくてわがままな人間が多い。  アルファを産めるのはオメガである自分たちだけ……そんな思いが、高慢さな性格を作り上げているのだろう。  一方、一途で健気なオメガは非常に少ない。  出会える確率は、運命の番並みの低さだろう。  だから友人の口から語られる健気なオメガの話を、その場にいた全員が食い入るように聞き入っていた。  自慢げに語る友人と、それを羨望の眼差しで聞く奴らの中にあって、俺はただひとり冷めた心で眺めながらコーヒーを啜った。  苦い。  口に広がる苦味は、なにもコーヒーのせいだけではなさそうだ。  人間をペットと呼び、嬉々として飼育するなど、傲慢にもほどがある。  オメガだって人間だ。それをペット扱いするなんて、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。  常識で考えればすぐに理解できるはずなのに、皆は友人の語るオメガの魅力に取り憑かれたようだった。  アルファならば、なにをしても許されるとでも思っているのだろうか。  俺はふたつ年下のオメガ性の妹を思い、心の中で深いため息をついた。  オメガとは思えないほど気弱で儚げな妹。彼女もまた一部のアルファに、そんな対象として見られるのかと思うとゾッとする。  身内にオメガがいるせいか、俺はオメガを馬鹿にして蹂躙しようとするアルファに、嫌悪感を抱いていた。  会社の同期だから連んでいたが、こいつらと袂を別つ日もそう遠くはないだろう。  友人たちの馬鹿話をぼんやりと聞きながら、すっかり緩くなったコーヒーを煽って、紙コップをグシャリと握り潰した。  そんな俺の様子に誰ひとり気付くことなく、話はますます盛り上がる。 「俺も、オメガを飼ってみようかな」  ひとりがポツリと呟くと、すぐさま「俺も」「俺も」と声が上がった。 「飼うならベータの家庭に生まれたオメガがオススメかな。考え方がベータ寄りだから、普通のオメガじゃ拒否されるようなことも平気で受け入れてくれるから」  かくしてグループの中で、オメガを飼う人間が続出したのだった。  そのほとんどが件の友人のアドバイスに従い、ベータの家庭に育ったオメガをペットに選んだが、誰ひとりとして長くは続かなかった。  初めは従順なペットも、時が経つにつれ傲慢さを覗かせるようになるらしい。 「やっぱり所詮はオメガなんだよな。だったら並みのオメガじゃなく、教養も躾も行き届いた一流のオメガの方がいい。連れていて見栄えもするしな」 「ペットは躾が肝心だからね。皆は育て方を間違えたんだろう」 「そういうお前はどうなんだよ」 「最初の躾け方がよかったのかな。俺はまだあいつと続いているよ」  たしかに友人は、件のオメガとまだ続いているらしい。  一同は羨望の眼差しで友人を見つめたが、俺は心の中で唾を吐いた。  そして健気で哀れなオメガの彼に、いたく同情したのだった。 **********  それから二年ほど時が流れて。  ここのところすっかり疎遠になっていたはずの友人から、久し振りに連絡が入った。 『マッチングパーティーに出席しないか』  アルファとオメガのお見合いパーティー。  一度だけ参加したことがあるが、俺には合わないと感じ、それ以来倦厭していたのだ。  だから当然断ったのだが、友人はなおもしつこく食い下がった。  事情を聞けば、そのパーティーに件のオメガを連れて行くらしい。 『俺の番として、自分は相応しくないとか言い出してね』  あの話を聞いたあともきっと、友人は彼をペットとして扱い続けたのだろう。  人間としての尊厳を軽んじられた彼が、自信をなくすのは当然のような気がした。 「ならば言葉を尽くせばいいだろう。なにもパーティーに連れて行かなくても」 『俺がどんなオメガにも靡かないところを見せれば、あいつも素直になると思うんだよ』  それから友人の思惑はもうひとつ。  ふたりが仲睦まじい様子を周囲に見せつけて、友人の番には件のオメガしかいないと認識させる。さらにはその話が両親の耳に入るよう、広めたいらしい。 『あいつが俺の番だと周囲が認めれば、親も反対しにくくなると思ってね』  そのために、目撃者が大勢必要だ――友人はそう言った。  そんなくだらないことのために、わざわざ貴重な時間を潰したくない。  俺は断り続けたが、友人が折れることはなかった。  長時間の話し合いの末、結局俺はその申し出を受けることにした。  ただし、こんなことは今回限りだ。  そしてこの茶番劇が終わったら、俺は友人と縁を切ろう。  友人だけじゃない。あのとき、オメガをペット扱いして喜んでいた奴ら全員と、関係を断ち切る。  同じ会社に勤務する同僚同士ということもあり、完全に疎遠になることは叶わなかった。  仕事でもプライベートでも、なにかあると必ず連絡が入る。  しかも大体が面倒な用件だったりするから、彼らからの連絡にはほとほとうんざりしていたのだ。 ――でも、そんな煩わしさは、これで最後だ。  折良く、他社からヘッドハンティングを受けている。  転職したら、住まいも連絡先も変えよう。  そして奴らとは永遠にサヨナラだ。  ネクタイをギュッと結んでジャケットを羽織る。  深いため息をひとつ吐いて、俺はマッチングパーティーの会場へと急いだのだった。

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