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運命の番編2
エレベーターで、会場のある二十三階へ上がる。
さっきからため息しか出てこない。
『もしかしたらお前も、運命の番が見つかるかもしれないぞ』
友人はそう言って笑ったが、三十路を前になにをロマンチックなことを言っているんだ……と内心呆れた。
あいつがずっと運命の番に憧れていることは知っていたが、運命なんてそう簡単に見つかるはずがないし、端から期待もしていない。
それよりも今日は、群がってくるであろうオメガたちをどう躱そうか……。
何度目かわからないため息をつくと、目的階に到着したことを告げる電子音が鳴った。
ドアが開いた瞬間、リンゴのような甘い香りが鼻孔を擽る。
その匂いを嗅いだ瞬間、ドクンと胸が高鳴った。体の芯が燃えるように熱くなっていく。
――なんだ?
不可解な症状。
まるでヒート中のオメガを目の前したときのように、血がざわめく。
いや、そんなものじゃない。
体中の血が沸騰するかのように、激しい昂ぶりを感じる。
そして一歩足を踏み出すごとに強くなる芳香。
――これは……。
知らずと歩みが早くなる。
急がなければ。
そんな焦燥感に駆られる。
受付を無言で通り過ぎた俺を、スタッフが慌てて呼び止めたが、全て無視して広間に急ぐ。
部屋の隅で、男が苦しそうに蹲っている姿が目に飛び込んできた。
彼から漂ってくる、濃厚で鮮烈なフェロモンの香り。
そして瞬時に理解した。
――あれが俺の、運命の番だ。
息を吸うごとに激しい酩酊感に襲われて、下半身が一瞬で滾るのを感じた。
体中が熱を帯びて、知らずと汗が噴き出る。
番の元に行こうとしたとき、彼に駆け寄る男の姿が見えた。
友人だった。
番に向かってなにか話しかけている。
そのやけに馴れ馴れしい様子に、ピンときた。
――彼がペットと称されていたオメガか。
これまで聞かされてきた話を思い出し、どす黒い怒りが湧き上がる。
友人が彼に手を掛けそうになったのを見て、我慢が限界に達した。
「それに触るな」
友人がビクリと肩を震わせて、こちらを見た。
その奥で、心細そうな顔をする俺の番。
彼を間近に見て、心の中が温かいもので満たされる。
「待たせてすまなかった。ずっと、探していたよ」
もっと早く出会えていたら、こんな男に君を傷付けさせることなんてなかったのに。
激しい後悔に襲われる。
しかし番は微笑んで
「会えただけで嬉しい……」
と言って、俺の胸にすり寄ってきた。
リンゴの香りが全身を包み込み、多幸感に酔いしれる。
もう二度と、誰にも傷付けさせない。
俺が生涯をかけて、絶対に幸せにしてみせる。
彼を抱き上げて、会場をあとにした。
**********
向かった先は、俺のマンション。
部屋に入るなり濃厚なくちづけを交わすと、性急に彼のスーツを脱がせた。
優しくしなくてはいけないとわかっていながらも、逸る気持ちが抑えられない。
シャツのボタンをひとつひとつ外すのももどかしく、最後三つほど引きちぎる形で脱がせてしまった。
中から現れたピンクの乳首に興奮して、無我夢中でむしゃぶりついていると
「ねっ……待って……」
と声がかかった。
もしかして、俺よりもあいつの方がいいのだろうか……。言いようもない不安に襲われる。
しかし彼は潤んだ目で俺を見ると
「玄関先じゃ、いや……ベッドに……ねっ?」
お願い……耳元でそう囁かれて、俺の理性が弾け飛んだ。
靴を脱ぐのももどかしく、彼を抱き上げて駆けるようにベッドに向かい、そして。
俺は彼の項を噛んだ。
俺たちは、番になった。
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