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第4話

1人の昼食を終え、洗い物をしている最中、途端に体がほてり始めた。 すぐにヒートであることを理解する。いつも通り、自慰をしないと気が済まないような強いものではない。 問題はアランが帰ってきてからだ。 自分がどうなってしまうのかももちろんだが、ヒートのΩにあてられて、彼までどうにかなってしまわないだろうか。 これまで様々なαに侮蔑されながら抱かれてきたアルにとっては構わないことだが、アランにとってはそれが苦となるかもしれない。 …まあ、そんなこと考えたって仕方がないのだが。 アルはここ以外に居場所がないし、彼もまた、アルに異常な執着を見せる。2人は互いに運命の糸に惹かれあったかのようにぴったりと波長が合うのだ。 洗い物を終えると、そのままソファーに横になる。少し頭が痛む。 一眠りすれば良くなるだろうかとぼうっと考えながら、アルはゆっくりと目を閉じた。 風に混じって甘やかな花の香りが鼻をかすめる。甘く、官能的で、淫靡な香り…。 「アル、ただいま。」 ああ、そして優しい低い声が近づいてきて… その声で目を覚ました時、アルは一瞬自分の身体の変化に理解が追いつかなかった。 Ω特有の小さな肉欲は痛いほどにそそり勃ち、秘孔からは洪水のように液が溢れて下着を濡らしている。 身体は極刑でウイルスを注射された後と同じほどに熱く、どくどくと脈打つ心臓は飛び出してしまいそうで。 そして、絶対に近寄ってはならないとなけなしの理性が警報を鳴らす中、本能の求めるままに、足はそこはかとなく甘やかな香りの方へと引き寄せられていく。 「アル!?」 ドアから入ってきたアランの程よく鍛えられた胸板に、反射的に顔をすり寄せる。胸いっぱいにその香を吸い込めば、脳がとろけるような感覚に襲われた。 …熱い…。 …欲しい。彼が欲しい。 アルの理性はどんどん欲望へと置き換わって行き、アルのその行動に、アランもまたその深く青い瞳を獣のようにぐらりと揺らしていく。 アルは背伸びをして、その形の良い唇に必死で吸いつこうとした。 もう、やめられない。いけないとわかっていても、この甘やかで官能的な香りをもっと貪りたい。禁断の果実を前に、一握の理性などやはり何にもならないのだ。 しかし、2つの唇が重なることはなかった。アランが自らの手をその間に挟み、全ての欲望を吐き出すように自らの指を強く噛んだのである。 「…くっ… 」 苦しげな吐息が、アランの口から漏れる。それを見てもアルはなお、その甘やかな唾液に吸い付きたくてたまらない。 彼の指から滴る血さえも舐めとってしまいたかった。 アランは半ば振り払うようにアルから離れ、自らの口に何かを含んでいく。そして水とともにそれを嚥下し、悲しげな瞳でアルを見つめた。 今のアルは獣のように、理性などは崩壊し、自らの欲求のみで動こうとしていた。だから熱を持っておぼつかない足取りで彼にすぐに駆け寄ろうとする。 そして。 アルは静かにこちらをのぞくアランの瞳を見て、一瞬だけ、理性を取り戻した。 その、深い青の中には、愛おしさと悲しさが、たっぷりと詰まっていた。どうしてそんなに苦しそうに、そして優しく笑うのだろう。 一瞬取り戻された理性も束の間、すぐにまた欲求に支配され、アルはアランに駆け寄った。アランはもう、おそらくアルを欲しがってはいない。 それをわかっていてなお、アルはただどうしようもなく彼が欲しくて、懸命に唇を突き出し背伸びをした。 アルのほおをしなやかな指が優しく伝っていく。そして、泡雪が降り注ぐような優しいキスが、アルの唇に落とされた。 美しい形をした薄い唇は、アルが思っていたよりもずっと柔らかい。求めてやまなかったその香りがたっぷりと体内に流れてきて、腰が砕け、足がガクガクと震える。 アランはそれを優しく、しかししっかりと支えると、お姫様抱っこのような形でアルを運んだ。 彼に包まれて、全身にぞくぞくと刺激が走る。 …ああ、もう、我慢できない。身体が熱くてたまらなくて、どうにかなってしまいそうだ。 自分は、今まで一度もこうじゃなかったのに。 そして。 「…おか…して…。」 今まで誰に対してだって願ったことのないことを、アルは彼に求めた。本当に意味がわからない。どうしようもなく欲しくて欲しくて。 なかなかベッドにおろしてくれない彼に、目元からも、そして下からも、涙が溢れていく。 「…わかった。」 渋々発された澄んだ美しい声は、どうしてか深い悲しみをまとっていた。 アルをベッドにおろし、アランはかちゃかちゃと音を立て、何かの準備を始めた。求めていたものが満たされる期待に、心が躍る。 淫液にまみれた下着を、アランがゆっくりとおろして行き… 「尻をあげて… …そう、上手だ。」 優しい手と声に獣のような体勢にさせられたあと、アルの後孔に柔らかなものが押し当てられた。 身体中が歓喜に震え、羞恥にも構わずアルは腰を高く上げ、その挿入を自ら受け入れる。 たっぷりと溢れた蜜に覆われた秘孔はずぶずぶと、いともたやすくそれを引き込んだ。 「…ぁっ…、ぁんっ… 」 ぐちゅぐちゅと卑猥な音を立て、まずはその棒はアルの浅い部分、1番感じるところを執拗に刺激した。大きな昂りが、何度も何度もアルの中を往復する。 もちろんそこは気持ちよく、甘やかな声が止まらない。それでもより深いところに刺激が欲しく、アルはだらしなく腰を振り、尻を上下した。 雄棒の動きとは反対に尻を上下させれば、より激しい律動が中を刺激する。 しかしそこで、違和感に気づいた。 今までずっと、娼館で受け入れてきたそれとは全く違うのだ。芯を持った柔らかさはあるが、その硬さは変わらず、うねることもない。また、冷たくはないが特有の熱さも感じられない。 アランの方を見ると彼はきっちりと服を着ていて、その代わりに彼の手だけが何かを手早く動かしていた。 「ぁっ…っ!! …なんでっ… 」 与えられる快楽の強さと、真に欲しているものが与えられないもどかしさに、アルは涙をこぼしながら彼を見た。 問いかけに応えることもなく、彼の手はどんどんアルの深いところを擦っていく。 その唇は固く噛み締められていて。 やがてαのものをかたどった大きなそれはアルの1番深いところに到達した。 「あっ…あぁっ…ぁー!!!」 声を出すのが恥ずかしい、なんてそんなことを気にしている余裕はない。 ただ無機質な物体から与えられる快楽が強烈すぎて、声として逃がさなければ自分が壊れてしまいそうで。 こんなの自分じゃない、頭のどこかでそう思った。 セックスという行為は、今までアルにとって痛くてつらい、苦痛なものでしかなかったのだから。 だらしない嬌声を声が枯れるまで発しながら、何度も何度も中で達してしまう。 身体はガクガクと痙攣し、意識を手放してしまいそうなほど強い快楽の波が何度もなんども往復する。 とくとくと収縮する自らの中を感じながら、少しずつ戻ってきた理性が考えていた。 なぜアランは自分の手を血が出るほどに噛みながらも、アルに自らを挿入しなかったのだろうかと。 考えてみれば当然のことだ。αがΩと交わることなど娼館などの性的サービス以外にはほとんどなく、番などというリスクを伴う関係だって、ほとんど存在しない。 アランが随分と自分に甘いから、いろいろなことを勘違いしていた。 胸が苦しい。身体ではなく、心が痛かった。 きっと、人生で1番満たされたその日、 初めてアルは性の喜びとともに、 …手の届かないものを望む虚しさを知った。

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