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「で、どうする?」 「どうするって……」  そのままなんとなくの流れで近くのホテルに入ってしまったのは、外にもバーから出てきた奴らがたむろしていたからだ。そこでまた『タマキ』が声をかけられていたものだから、じゃあさようならというわけにもいかず、ついでに俺の鍵も手元に戻っていなかったから、仕方なくついてきた。  『タマキ』はこういうところに来慣れているのかさっさと部屋を取って上がって行ってしまって、俺も挙動不審に周りを見回しながら後に続く。  ありがたいことに部屋の中はビジネスホテルのシングルって感じで、怪しげなところではなかった。だからほっと一息ついてベッドに腰を下ろす。すると『タマキ』が半人分距離を空けて隣に座り、そんな問いをしてきた。  狭い部屋の中にはベッド以外座る場所がないからそれは仕方ないけど、どうするって聞かれ方は困る。 「嫌なら逃げてくれればいいし、未知の快感を味わってみたいならそれでもいいし」  場所が場所だけにうろたえる俺とは別に、『タマキ』は思った以上にさっぱりとした感じで、どうでもよさそうにそんな言い方をする。 「えっと、その、でも君は、相手を探してたんだよ、な?」  鍵の選び方といい今の態度といい、どうにもまともに相手を探しているようには思えない。あの周りの反応からいってモテないわけではなさそうだし、……そうなると俺に興味がないってことか。 「別に。俺はどっちでもいいよ。てか、正直ノンケの人ってめんどくさいし」 「め、めんどくさいって」  なにこれ。俺が振られたの? なんにもしてないのに面倒とか言われてるし。  別に男に好かれたいわけではないけれど、ここまで興味を持たれないとそれはそれで傷つくのが男心の繊細なところだ。 「なんか、一回ヤっちゃうと特別な相手に認定されちゃって、やたら神聖視されるんだよね。で、他の男を見るなとか、ちょっと視線が合っただけで色目を使ったとか言われて、すげー嫉妬深くなって束縛し始めちゃったりするから。割り切ってる人じゃないとめんどくさいの」  どうやらそういう面倒が実際あったらしく、うんざりした様子の愚痴を聞かされてため息をつく。 「……なんか、そっちの世界も大変なんだな」 「そう? 女と付き合うのもあんまり変わんないと思うけど」 「……確かに」  言われてみれば、街中で他の子をちらっと見ただけで文句を言われたり、嫉妬深かったり束縛したりは、彼女に対する愚痴でもよく聞くものかもしれない。さっぱりした付き合いを望んでいるのなら、一人に執着されるのは男女かかわらず嫌なんだろう。  なんつーか、めちゃくちゃサバサバしてる奴だ。 「それで、どうする? 終電終わってるだろうけど、タクシーで帰る?」  なんだかんだでずるずるとバーにいてしまったから、終電は終わってしまって帰る術がない。あそこにいる奴らは元から帰るつもりがなかったからいいんだろうけど、俺には厄介な事態ではある。 「いや、家遠いんだ。タクシーで帰ったらバカにならん」  というか、ぶっちゃけるとタクシー代がもったいない。場所はアレでも一応寝る所はあるんだし、こうなったら一夜をここで過ごすしかないだろう。 「じゃあ大人しく寝る? 俺、襲う方じゃないし、そっちがなにもしてこないならそれでもいいよ。元から本気で相手探してたわけじゃないし、そこまで欲求不満でもないから」  俺にとっては幸運なことに『タマキ』は俺がタイプじゃないらしく、食指は動かないみたいだ。これは本当にありがたい。  ……でもまあ、目的が目的だっただけに、申し訳ない気がしなくもないけど、こればっかりはどうしてやることも出来ない。どうせ相手には困らなそうな奴だし、そういうのは他の機会に別の誰かになんとかしてもらおう。  とりあえず俺シャワー入ってくる、とすっかりリラックスモードの『タマキ』とは逆に、俺は改めてこの状況を思って緊張してきてしまった。  華美ではなくてもここがラブホテルであることに変わりはないし、相手は男と寝るのをなんとも思っていないわけで。今時の大学生ってのは、そういう感じなんだろうか。  俺だって大学の時はそれほど真面目ではなかったし、年だってちょっとしか変わらないはずなのに、妙に年の差を感じてしまう。というか、こういう所だからこそなにもしない方がおかしい感じがしてそわそわしてしまう。  しかもさっさと出てきた『タマキ』に続いてシャワーを浴びたら、その行為自体にまた緊張が高まってしまった。  ラブホテルでシャワー。しかもバスローブにベッドときたら、他のことが考えられない。そのせいで無口になって出てきた俺に気づいたらしく、『タマキ』が笑いながら俺をベッドへと呼ぶ。  風呂上がりの『タマキ』はさっき以上にあどけなく若く見えた。俺も若く見られる方だけど、この笑顔は罪悪感を覚えるレベルだ。まあ、あのバーにいる奴らみたいのには、あの時の大人っぽさとこういう時だけ見れる子供っぽさとのギャップに惹かれるのかもしれない。 「……!」  その時、不意に自分と同じシャンプーの匂いが『タマキ』から香ってドキリとした。なんとも思ってない相手に、なにを反応してんだ。  ……ていうかやばい。その一瞬で、ちょっとあらぬ所が立ち上がりかけている。そんな激しく反応したわけじゃないから近づかれなきゃバレないだろうけど、これはまずい。 「ねえねえ、そういえば名前なんていうの?」  気持ち距離を取って背中を向けようとする俺が不審だったのか、明るい声で話しかけられてびくりと体を震わせる。  いや、落ち着け。別に俺の様子がバレたわけじゃない。名前を聞かれただけだ。 「……石濱」 「こういう時は下の名前を言うんだよ」 「……優吾です」  呆れたように肩をすくめられて、恥ずかしく思いながらも改めて名乗り直す。  すると「ゆうごって、どういう字?」なんて聞かれたから「優しいに数字の五に口」だと教えてやれば、「俺は、環ね」と掴んだ俺の手のひらに漢字を指で書いて返された。  そのくすぐったさにまた股間の辺りがぞくぞくきてしまう。これも距離を近づける手だったりするのだろうか。 「じゃあ優吾、彼女は? いる?」  その上で『タマキ』――環は興味に顔を輝かせて身を乗り出してきた。  嫌なことをストレートに聞きやがる。彼女がいたら、金曜日の夜に昔の先輩に連れられてあんなバーに行ってねぇってのがわかってるだろうに。 「いや、その、今は仕事が恋人っていうか、そっちに集中してるから余裕が……」 「彼女いないなら溜まってんじゃないの? 抜いてあげようか。せっかくこんな所にいるんだしさ」 「!」  俺の答えがわかりきっているんだろう環は、俺の言葉を最後まで聞かないまま無造作に手を伸ばしてきた。一拍遅れてその意味に気づき、慌てて身を引く。  今そこに注目されたらまずい。というかなんでピンポイントでそんな提案するんだ。 「はああ!? いいよ、いや、勘弁してくれっ」 「あれ、結構純情な感じ?」 「別にそうじゃねーけど」  怪しげに手を動かす環はだいぶ手慣れた感じで、それぐらいなんとも思っていないようだけど俺は違う。そこまで飢えてるわけでもないし、さっき会ったばかりの男にお世話になる程困っているわけでもない。  特に今の状態は本当にやばいから触られるわけにはいかない。 「あ、こら、ばっ……!」 「あれ?」  まずいからと体ごと逃げたのに、逆側から伸びてきた手にあっさり触れられて、環が不思議そうな声を上げる。しっかりと触られたわけじゃないけど、場所が場所だしバスローブ一枚なんだ。さすがに誤魔化しは利かない。 「おやおや? どーしたの? なんかやましいこと考えた?」 「こ、これは、その、ちょっと疲れてただけで……」  呆気なく俺の状態を悟った環が不思議そうに俺ににじり寄ってくる。ものすごく気まずい俺は強気で突き放すことも出来ず、ただただ縮こまった。頼むから早く治まってくれ。  もう一度風呂場に行って水でも浴びてこようか、仕事のことを考えて萎えさせるか。 「……優吾ってさ、フェラとかしてもらったことない?」 「な、なにを言って……!」  そうやってただひたすら熱が治まるように身を折っていたら、環がとんでもない話を振ってきた。やめてくれ、今そういう話で興奮させようとするのは。そう思うのに、環は引くどころか俺の前に回って俺の顔を覗き込んできた。  周りにはなかなかいないような綺麗な顔が、キラキラと輝くように俺を見ている。 「じゃあ、優吾のせいで俺の出会いがふいになったお詫びに、優吾の初めてのフェラする権利ちょうだい」 「……はあ!?」  しかも、トランペットを欲しがる少年のような純粋な顔で、マジでとんでもない提案を持ちかけてきて。思わず自分の状態も忘れて引っくり返った声を上げてしまう。  なにを言ってるんだこいつは。俺に興味がなかったんじゃないのか。 「お、お前、本気で相手探してなかったって……!」 「でももしかしたらすっごくいい相手に会ってたかもしれないじゃん? でも優吾は最初から興味ないくせに参加して、俺から出会いのチャンスを奪ったわけで。俺のこと抱かないなら、その責任くらい取ってくれてもいいんじゃない?」  男として、というよりかはからかう相手として興味を持ってしまったらしい環が、楽しげに俺に迫ってくる。  立場的に貞操の危機は覚えないけど、男としてのプライドの危機だ。 「い、嫌だって。男にしゃぶられんのなんか絶対無理!」  そんなことをされたらまずい場所から戻れなくなりそうで、必死に抵抗するうちに出た言葉に、環の顔から表情が消えた。 「……傷ついた」  そしてぽつりと呟くと、のそのそと俺から離れて肩を落とす。 「そりゃーノンケの人からしたら気持ち悪いでしょーよ。俺は、自分を犠牲にして優吾に気を遣ってるのに、優吾はどうせずっと蔑んでたんでしょ? 一緒にいるのも吐き気がするくらい嫌なんだろうな。どうせ普通の男なんてみんなそうなんだ。だからああいう所で相手を探してるってのに、冷やかしで来た人に引っかかっちゃうなんて、俺って本当運が悪いなぁ」 「~~~~わかった、わかったよ! させりゃーいいんだろ!」  さっきまでの明るさが嘘のようにしみじみさめざめと愚痴る環の落ち込みようが半端なかったから、こっちが泣きそうになりながら答える。どうやらなにかトラウマに引っかかったらしい。  そりゃ俺だって男同士は無理だし勘弁だし、恐いしほんのちょっとだけ気持ち悪いとか思ったことがないとは言えないけど、環に関しては一切そう感じたことはない。  少なくとも一緒にいるのが嫌ってことも、傷つける気もないし、そこまで言われたら放っといて寝るってわけにもいかないじゃないか。  俺が折れてこの場が治まるなら、もうそれでいい。 「……してほしいの?」 「してほしいです、すっごく!」  窺うような上目遣いの環に、勢いだけで答える。するとすぐにその顔が輝いた。ああ、くそ。なんて嬉しそうに笑うんだ、こいつ。ちょっと可愛いとか思ってしまったじゃないか。 「じゃあしてあげよっかなー、特別に」 「お願いします!」  あっという間に立場が逆転して、俺がお願いする状態になってしまった。それでも環は簡単に機嫌が直ったらしく、にまにまと可愛らしく口元を綻ばせる。 「だいじょーぶだいじょーぶ。どうせ連絡先も知らないんだし、今夜だけの相手なんだから。優吾はなんにもしないでいいよ。ただ気持ち良くなるだけ」  嬉しそうに俺に這い寄りながら言う環を、諦めの境地で見つめた。 「……っ」 「優吾が本当に嫌ならしないよ?」  俺が広げた足の間に入り込んだ環にそっと指先で触れられて思わず体をびくつかせたら、不安げな様子で聞かれてしまった。  どうする? と聞いてくる顔は俺の反応を本気で窺っていて、なんだか毒気が抜かれてしまう。 「そんな顔すんなよ。してくれんだろ?」  くしゃりと髪を掻き回してやると、環は「ん。じゃあする」と嬉しそうに微笑んだ。嬉しければ笑うし拗ねたら落ち込むし、わかりやす過ぎる感情表現にさっきから振り回されっ放しだ。

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