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fellow key 1
あの夜以降、なぜか環は家を訪ねて来なくなった。
当然気にはしながらも、明日は来るかもしれないという思いで二週間ほど経ってしまってから、さすがにおかしいと不安になった。曜日は決まっていなくても、週に一回は必ず俺に約束を守れと顔を出していたのに、家に来るどころか連絡もなにもなく、こちらからのメッセージにも反応はない。
もちろんテストや部活や家の事情、その他にも忙しくなる理由はあるだろうし、元から友達でもないんだから家を訪ねてこないことも連絡が途絶えたこともそこまで気にすることじゃないのかもしれない。俺に飽きたっていう理由だって十分にある。
大体成り行きでこうなってしまっただけで知り合いでもないんだから、自分から来ないのなら別に放っておいてもいいのかもしれない。
……それでも環はなんだかんだ言って律儀な奴だったし、なんの連絡もないというのは単純に心配になる。
なによりあんなことがあって、気になる言葉を残した後だ。次の日の朝は慌てて家に帰っていったからちゃんと話すことはできなくて、それ以降もその件について話せてないのはどうしても気になるわけで。
結局、この三日ほど繋がらない電話をかけ続けている。
高校生相手にまるでストーカーみたいだけれど、これしか連絡を取る方法がないんだから仕方がない。
そんな風にして、いつも通り仕事が終わってコンビニで夕飯を仕入れて帰り着いた家で、靴を脱ぎつつ嫌な日課となってしまっている電話を何気なくかけた時だった。
『……』
呼び出し音が続くものと思っていたのに呆気なく電話が通じて、驚きで手を滑らしそうになる。
「も、もしもし? 環?」
『……なに?』
両手でスマホを支えて、転びそうになりながら家に上がると、電気だけつけて耳に集中した。
一度呼び出し音が鳴るか鳴らないかの速さで出た割に反応は鈍く、環らしくないぼそりとした返しに、一瞬答えが詰まる。
色々聞きたいことはあるのに、まさか今急に繋がると思っていなかったからどう返したものか迷ってしまった。
「いや、最近全然家に来ないからどうしたのかと思って」
『別に。……行ったら迷惑かと思って』
「は?」
低音の、ぼそぼそとした掠れた声での返事に、思わず一音で返してしまった。
迷惑って、なんで今さらそんなことを。あの迫り方に煽り方をした後で、今さら迷惑もなにもないだろうと思ったけれど、どうにも環の様子がおかしすぎてそちらの方が気になった。
年齢を知らなかった時の不思議と嫌味にならない強引さや快活さとも、家に来ている時のわがままな子供みたいな明るさとも違う、言うなれば歯切れの悪さみたいなものが引っかかって。
「もしかしてお前、あの店に行ってないだろうな」
『……』
ピンと来たことをストレートにそのまま問うと、沈黙で答えられた。行ってないとは言えないのか。
「行ったのか?」
『行ってなかった、よ』
渋々といった形で白状された過去形の言葉にため息が洩れる。
今までは行っていなかったけど、今は違うってことか。
「……今いるのか?」
『さっき行った』
店の中にしては静かな背後に耳をそばだてつつ確かめると、投げやり気味の声が返ってきた。さっき行ったのなら今は違うってこと。というか、そこに行く目的を考えると、この声の調子は明らかにおかしい。
「ちょっと待てお前。今どこにいるんだ?」
『……』
「おい、環?」
室内の感じはしない。それなら外か? ただざわめきもあまり聞こえないから賑やかな場所でもなさそうだ。
どうなってんだと問い詰めようとした俺を遮るように、小さな呼吸音が聞こえた。喋り出す前に覚悟を決めるような、そんな小さく鋭い吐息。
『……店に行って、誰でもいいからしてくれる人って相手探して、ホテル行ってしたら、全然気持ち良くなくて、どうだったって聞かれたから素直に全然良くなかったって答えたら言い合いになって殴られた』
淡々と語られるそれはよく聞けばとんでもないもので、最後に付け足された言葉に目の前が一瞬白く眩んだ。
「……お前今どこにいるんだ」
低まった声に俺の本気さを感じたのか、環は素直に居場所を口にする。この前行ったホテルから少し離れた場所。それを聞き出すと同時に、車のキーを手にして脱ぎ捨てた靴を履いていた。
「できるだけ人の多い明るい所で待ってろ。すぐ行くから」
『優ちゃんに来てもらう必要ないし』
「いいから待ってろ」
なんだかぐだぐだと来なくていいようなことを言っていたけど、そんなものは聞かずにすぐ家を飛び出した。叱るのは後にして、今はいち早くあの危なっかしい奴を確保しなければ。
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