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fellow key 6
「石濱、彼女できただろ」
「え?」
そんな話題を先輩から持ち出されたのは、金曜の昼休み。
社食で列に並びながら、今日は小鉢をつけようかどうしようかと悩んでいたところだったから、不意打ちで間抜けな反応を返してしまう。
振り返った先の先輩はにやにやと口元を歪め、「か・の・じょ」ともう一度繰り返してみせるから、思わず止めてしまった足を慌てて動かして列を進んだ。
「なに言ってるんですか急に」
「カレンダー、何度見ても一日は早く過ぎないぞ?」
後ろからトレイで突かれつつにやけた声で言われ、今日の自分を思い返してみるけれど大して見ていた覚えはない。いやむしろ午前中は外に出ていたんだから、そんなところ見られていなるはずがない。カマかけだろうか。それともそれで確認して合コンの誘いでもされるんだろうか。
「あれですよね。こいつ特に今週はずーっとスマホ気にしてて」
「楽しみなデートの予定があるって顔してるよな、完全に」
考えるのが面倒になってカツ丼とそばを取って会計を済ませると、さっさと空いている席に向かう。それで話は終わりのつもりだったのに、なぜか先輩と同僚がタッグを組んで周りを陣取り責め立ててくるからまいった。
自分ではいつも通りの行動をしていると思っているのに、どうやら傍から見ると普段通りではなかったらしい。
……まあ、二週間応答がなかった分、メッセージのやりとりはそれなりにしているけれど。
「彼女じゃないです」
「じゃあ攻略中か」
「いやー楽しい時期だなそれは」
『彼女』ではないというのは本当のことだというのに、二人は勝手に盛り上がってしまっている。でも勝手にやっていてくれるならそれでいいやと伸びないうちにそばに手を付けようとして。
「お?」
何気なくテーブルの上に置いたスマホにちょうどメッセージが届く音がして、ロック画面に立て続けに環からのメッセージが表示される。
『治った』『明日楽しみ』
次の日はそれなりに腫れたという頬だけど、どうやら無事治ったようだ。それだけを伝える簡素な内容だったけれど、火種はそれで十分だった。
「環ちゃんかー。カワイイ名前だなー」
「ちょっと! 見ないでくださいよ。プライバシーの侵害ですよ」
「治ったってことは風邪でも引いてたのか?」
「明日楽しみってことはやっぱりデートすんのか?」
「放っておいてください」
勝手に画面を覗き込んで盛り上がられて、深くため息をつく。こういう件に関しては、男はいつまでの学生ノリだ。むしろ本物の高校生の環の方が大人びている気がする。
「じゃあ一つだけ聞く。……美人か?」
無視をしてそばを啜る俺をからかい続けるのは無駄だと悟ったのか、先輩が神妙な顔をして聞いてくるものだから、数度噛んだそばを飲み下してから考えた。とは言っても思考時間はほんの一瞬だ。
「まあ、そうですね」
美人かと聞かれれば、間違いなくそうだろう。環はとても綺麗な顔をしているし、スタイルもいい。だからこそ最初はモデルでもやっているのかと思ったくらいだ。
実際何度かスカウトされたこともあるそうだけど、性的指向のこともあって目立ちたくないから興味はないと断ったらしい。
「もったいないよな……モデル似合いそうなのに」
「モデル?! 美人でスタイルもいいのか!?」
「あ」
環の姿を思い出しながらの思考が呟きとして洩れていたらしく、それを聞き取った二人に小学生のようにぎゃーぎゃー騒がれてしまったけれど、その後は黙秘で通したから被害はそこまで。これからは少し気を付けないと。
でも、デート、か。
『明日、どっか行くか?』
言われれば確かに、そういうものも必要かもしれない。
家に来るのが当たり前になっていたからさほど気にしていなかったけれど、直接家というのも少し味気ないだろうと思い直し。飯を食い終わって一人抜け出した後に環にそんなメッセージを送った。
少し待つつもりだったけれど、返信は驚くほど素早く。
『どっかって優ちゃんの家じゃダメなの?』
次いでしょんぼりしているスタンプ一つ。いや、もう一つ、なにかあったのかという心配そうなスタンプ。
どうにも変な勘違いが生じているようで、それを文字で説明するのが面倒になってそのまま電話をかけた。今やりとりできているのなら向こうも昼休みなんだろうし。
『俺、優ちゃん家がいいんだけど』
「そういうことじゃなくて、だな。その前にというか……あー」
もしもしと声をかける間もなく第一声で窺うような声を聞かされたら、言いにくいこともきちんと言葉にしないといけない思いにかられる。
言葉よりも体のコミュニケーション能力だけが育ってしまった環は、自分の気持ちに対してはとてもネガティブなんだ。
「つまり、その、なんだ。デート的なやつをするかと聞いている」
『……!』
さっきみたいな出歯亀を招きかねないから、そこのところだけは声を潜めたけれど、環にはしっかり届いたようで正しく絶句された。そして向こうの音が聞こえるくらいの沈黙と、あーとかえーとか言葉を探すような間があって。
『デート、してみたい』
結局ストレートに嬉しそうな返しをされて、密かにほっとした。そんなの求めていないと一蹴されたらどうしようかと少し思ってしまっていたから。
「どっか行きたいとこあるか?」
『じゃあ遊園地』
「遊園地?」
『デートって言ったら遊園地でしょ』
一般的であるとはいえなかなかのスタンダードぶりに驚きはしたけれど、しっかりと行きたい場所もあるようで、断る理由もなく了承した。
そんなわけで急遽待ち合わせ時間を朝に変え、俺たちは初めてのデートに臨むこととなった。
その時は、それなりにいい思い付きだと思ったんだけど。
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