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第1話

都内一等地の高層マンションの一階、極々ありふれたインターホンの後に俺を出迎えたのは「開いてる。」という機械ごしのぶっきらぼうな返事だった。緊張に高鳴る胸を深呼吸で鎮めると、よしと意気込んでドアノブをひねった。 「お邪魔しまーす…」 一応消えてしまいそうな挨拶をして、靴をきっちり揃えて足を踏み入れる。 綺麗に掃除された廊下を進みリビングに入ると大きな窓の向こうに広がる広い庭に一面の緑が鮮やかで、俺は一瞬時を忘れた。 高層マンションなのに、わざわざ一階を選んだのはこのためか。 吸い寄せられるように窓に近寄り、その広々した庭を眺めていると、カランと氷の音がして現実に引き戻された。 「よう愛都(まなと)、久しぶり。でかくなったなぁ。」 タバコを咥えたままニッと笑った叔父、瀬尾(せお) 正弘(まさひろ)は、手にした麦茶を差し出した。 何年ぶりだろう、こうして言葉を交わすのは。俺は一瞬だけ考えて、結局なんとも無難な「お久しぶりです。」という言葉を返した。 「なんだ、他人行儀だな。お前のおむつも散々変えたってのに。」 ケタケタと楽しそうに笑うその人は確かに俺の叔父なのだが、離れていた10数年の年の間に随分と遠いところまで行ってしまった憧れの人でもあった。 形だけ置かれたような小さなテレビの横に飾られた一枚の写真。 春のうららかな気候がありありと伝わってくる鮮やかな景色の中、幸せそうに手を繋いで歩く母子(おやこ)の後ろ姿。それは2歳の俺と母の写真で、彼がカメラマンとして大きな一歩を踏み出すきっかけになった一枚でもある。 そして、俺がモデルの仕事を目指すきっかけになった写真だ。 シングルマザーで俺を育てた母はいつも笑顔で優しかったけれど、いつも疲れた顔をしていた。幼いながらに、母は仕事と家事で大変なのだと理解していた。 甘えることはせず学校でも絵に描いたような優等生であり続け、母に心配をかけないように必死だった。 初めて母に自己主張したのは、モデルになりたいと言った中学2年生の時。それも、この写真と同じ時に撮られた写真がきっかけだった。 うちに飾られていたのは、同じ景色の中、2歳の俺を高い高いして満面の笑みを浮かべる母と楽しそうに笑う俺の写真だ。母はいつだって目の下にクマを作って疲れた顔をしていたのに、その写真の中で笑う母はどんな女優よりも美しかった。溌剌(はつらつ)とした笑顔は無邪気な少女のようでありながら慈愛に満ちた視線は母性を感じさせ、女として生きることを存分に楽しんでいるように見えた。 こんな風に、撮ってもらいたい。 内面の美が前面に押し出されるような、その人だけが持つ特別なものを写し出しようなこの写真のように。 そう思った俺はモデルという仕事を目指し、運良く1年前に一つの事務所と契約することが出来た。そして高校卒業を機に上京したのだが、事務所やスタジオへアクセスが良いところはどこも家賃が高く困っていたところ、母が正弘さんに頼んでくれたようだった。

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