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第2話
そういう経緯を経て、正弘さんと10数年ぶりに再会したわけだが。
「昼は?食ってきたのか?」
「あ、いやまだ…」
「そうか。ちっと待ってな、出前でも取るか…蕎麦でいいか?」
「うん。」
よく遊んでもらった記憶はあるが、あの写真で大きな賞を取った正弘さんは数年後に海外へ飛び、名だたるモデルや俳優と仕事をしてつい半年ほど前に日本に戻ってきたばかりだ。当然その間俺との接触はなし。
ぽっかり空いた空白の10年の間にすっかり成長してしまった俺にとっては、憧れの人ではあるもののそれ以前に『突然一緒に住むことになった親戚の人』である。
蕎麦屋の出前メニューを差し出した正弘さんは、ニコニコしながら俺を見ている。その視線も、完全に『久しぶりにあった親戚の子を見つめるオッサン』だ。
「えーっと…ざるそばとカツ丼のセット。」
「お?食うなあ、新人モデル!」
「週3はジムに通ってるよ。」
「おーおー頑張れ。体型の維持も仕事のうちだ。俺がどうこう言うところじゃねぇからな、好きなだけ食え。」
正弘さんはまたケタケタと楽しそうに笑って、電話をかけはじめた。
その姿を見ながら、一息吐く。すると、ぐうと小さく腹の虫が主張して、俺は慌てて正弘さんの様子を伺った。正弘さんは電話に気を取られて気がついていないようだった。恥ずかしいところを見られずに済んだことにホッと胸を撫で下ろして、すぐにはてと首を傾げる。
別に、恥ずかしいことなんてない。
昼にしては遅めだし、腹が減っていてもおかしくない。腹が減ったら腹が鳴るのは当たり前のことなのに。
どうも自分は、久しぶりに会った叔父、そして憧れのカメラマンを前に良い格好をしたかったようだ。
彼に撮ってもらいたい。
モデルを目指しはじめたあの日から、一貫して俺を突き動かすこの想い。本人を目の前にして、それは一段と強くなった
。それは紛れもなく、彼が俺をただの親戚の子としか認識していないのがよくわかる視線から。カメラマンでありながら、俺がモデルという職に就いたことを微塵も気にしていないその態度からだ。
しかしそれも仕方がないというか当たり前のことではある。
彼が一緒に仕事をしているのは今の俺じゃあ手の届かないような人達ばかりだ。大人気の女優に俳優、最近だと大御所映画監督の最新作のポスターを撮ったはず。
いつか必ず、正弘さんに認めてもらって撮ってもらうんだ。
蕎麦屋が鳴らしたインターホンの音を聞きながら、俺は一人でひっそりと燃えた。
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