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第3話
午後からある講義に間に合うように家を出て、まばらに人がいる車内に乗り込む。俺の家から大学までは電車で6駅ほどで、さほど遠くないのが嬉しいところだ。
駅から大学へ向かう途中には子どもたちが遊ぶ遊具はもちろん、広いピクニックエリアや噴水などもある大きな規模の公園がある。
花が散り、葉だけになった桜並木のある公園内をいつも通り歩いていると、春の木々の香りと共にツンとするタバコの匂いが混ざった。こんな子どもたちがたくさんいる公園でタバコなんか吸うなよと思いながら匂いの出元を探すと、道沿いにあるベンチに座る男に行き着いた。
そこで俺の思考が止まった。
コーヒーを片手にタバコを吸う様はまるで絵画のような美しさがあった。組まれていても分かる長い足。後ろに名でつけられたカラスの濡れ羽色の髪。上等なものを詰め合わせてできたようなその姿。
なんとなく、見てはいけない気がした。危ない人だとかそういうことではなく、本能がそう伝えていた。何か、得体の知れないぞわぞわとしたものが這い上がってくるのを感じた。視界に入る全ての背景がピタリと静止し、その男だけを映す。聴覚は意味を成さず、聞こえるのは信じられないほど大きく波打つ自分の心臓の音だけ。
実際はほんの一瞬だったのだろう、数分にも数時間にも思えるほどの間見入っていたその男が、視線に気付き、俺を捉えた。
「っ……!」
目が合った瞬間、血液という血液が沸騰したのではないかと思うほど体中が熱くなった。腕には鳥肌が立ち、呼吸はままならない。
それは、向こうも同じようだった。目を見開き、俺から少しも目を離さずに凝視する。
そして、ゆっくりと立ち上がると、俺に向かって歩いてきた。そして、俺の手を取ると、真剣な眼差しで言った。
「……君、名前は」
「ぁ……え、と……羽山……綾斗」
「羽山くん。俺の番になってくれ」
「はっ……?」
男は英国紳士のように手の甲にキスをすると、女ならば誰しもが恋に落ちるような微笑みで俺を見つめた。
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