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第4話

男は俺の手を宝物でも愛でるように撫でると、少し困ったような笑みを見せた。 俺は自分の口から吐き出される息が意図せず熱を帯び、瞳にはうっすらと涙さえ浮かんできていることに気付いた。内側から溢れてくるようなこの感覚は、何度も体験しているから知っている。おそらく発情期だろう。 でも、発情期はつい最近終わったばかりでもうしばらくは来ないはずだった。現にこの男に会うまではなんともなかったのだ。それなのに。 「君と俺は魂の番だからね。俺も羽山くんのフェロモンにあてられているから、触れるのもつらい」 「魂の、番……」 確かに、この男と目があった瞬間、いや、この男を視界に捉えた瞬間から他の人とは違う何かを感じ取っていた。触れられた手からビリビリと電流が流れているような錯覚さえする。 「ごめんね、羽山くん。抑制剤は持ってるかな」 「あ……はい、一応……」 男は俺をベンチに座らせると、少しの距離を保って隣に座った。万が一のためにといつも常備している注射器型の抑制剤を取り出すと腕に刺し、薬を注入する。抑制剤は即効性がある代わりに副作用が強いため、あまり使いたくはなかった。今日の講義は全て休まなければならない。 「ごめんね、ヒートを起こして君を怖がらせたくなかったんだ。副作用が出るだろうから、今日はこのまま家に帰った方がいい。送っていくよ」 本当に魂の番というならば自分もつらいだろうに、どこまでも自分を案じてくれる男に俺は少し興味を持ち始めていた。が、話をする余裕もないため、促されるまま自分の家へ向かう。 男は本当に家までついてきた。電車の中でも道路でも、彼は完璧なまでにジェントルマンだった。だんだんと吐き気がしてきたところで家に着き、ホッとする。 「あの……ありがとう、ございました……」 「いいよ。こちらこそ悪かったね、家までついてきてしまって」 「いえ、助かりました……」 「……羽山くん、君の連絡先を教えて欲しい。俺はαだが、突然君の同意もないままどうにかしようとは思ってない。でもこのままさようならともしたくないんだ」 「……いいですよ」 男の真剣さに負け、俺は自分のLINEのIDを教えた。すぐさま登録の申請が来て見てみると、“大川 桜”と書かれていた。 「さくら……?」 「そう。女っぽい名前だろう?」 「……綺麗な、名前」 「…………ありがとう」 大川さんは少し驚いた顔をしたが、すぐにふわりと微笑んだ。 体が本格的につらくなってきたと思い大川さんにお礼を言って別れると、俺はほんの30分前に出た家に入る。 そこには朝上機嫌でイタズラを仕掛けてきた母がリビングで洗濯物を畳んでおり、真っ青な俺の顔色を見てひどく慌てた。母には伝えておこう、とすぐにでも横になりたい体を叱咤して笑顔を作った。 「母さん、俺ね、運命の番を見つけたよ」

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