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第7話

 祐太が今の会社で主につく業務は、引っ越しや清掃に大工仕事などの肉体労働的なものばかりだ。  便利屋と銘打ってはいるが、社長の徳倉と彼の右腕の潮崎は、れっきとした弁護士である。おまけに、彩華の夫である石井は元刑事だったという。だから、素行調査や多重債務者の債務整理も業務の中に入っていた。  祐太は、もともと石井夫婦がやっている素行調査をやりたかったのだが、いかんせん190cmという体躯は目立ち過ぎるという理由で、石井から以前に断られていた。  今回は、その石井が怪我したためのあくまでも代打だ。しかも、業務の主導権は彩華が握っている。祐太ができるのは、せいぜい彼女の指示に従って車を動かす運転手が精いっぱいである。それでも、いつもの力仕事とは違って常ならぬ緊張感が伴い、気持ちが高揚していく。 「さっきの話の続きなんだけどさ」  対象者が駅の改札口に入ったのを確認して、次の行き先を支持してから彩華が言った。 「なんで、追っかけなかったの?」 「また、その話?」  祐太は少しうんざりして、彩華を横目で睨んだ。しかし、彩華はそんな彼に構わずになおも問いかける。 「ねえってば」 「だから、あのときは睦月さんが急に用事思い出したって言ったんだし。俺、あれからすぐメッセ送りましたもん」  祐太の返答に、彩華がわざとらしくはあ、と大きなため息をついた。 「だから、ニブチンなのよ。祐太は」 「なんなんすか?」 「追いかけてほしかったんじゃないの? む・つ・き・さ・ん・は!」  最後の所を強調するようにわざと区切って言い、おまけに指まで差されてしまった。だが、祐太の思考回路は、そこで一旦停止してしまった。  追いかけてほしかった?  俺に? 睦月さんが? 「え? なんで……」  思わず口をついて出た疑問に、また彩華があきれたようなため息をつく。 「ここまで鈍いと、もう犯罪ね」 「それって、ひどくない?」 「いつもそばにいるくせに、わからないの?」 「何がっすか!」  思わせぶりな発言に、とうとう祐太はキレてしまった。  そんな彼に、彩華は子供に言い聞かせるような口調で問いかける。 「祐太は、あのとき睦月さんがどうして急に帰るって言ったのか、気づかなかったのよね?」  彩華の質問に、祐太はしぶしぶ頷く。 「あの場でそれに気づかなかったのは、おそらくあんただけかもね」 「はあ?」 「社長も潮崎さんも、もちろんあたしも気づいてた。なんで、彼が帰っちゃったのか」 「社長も気づいてたって……」 「あたし、あのあと社長に怒られちゃったもん。潮崎さんにも」  祐太は、ますますわけがわからなくなる。  なぜ、睦月が急に帰ってしまったのか?  急用を思い出したからではないのなら、いったい何が理由なのか。  祐太以外のあの場にいた人間には、みんなそれに気づいていた。  ピースはそろっているのに、難解すぎてうまく組み合わせられないパズルのようだと祐太はイライラした。 「祐太、あれから睦月さんに会ってないでしょ?」 「う……」 「メッセージも、もしかしたらつれない返事ばっかなんじゃない?」 「つれないっていうか……」  彼からの返事は、ただ『ごめんね』の4文字が並ぶだけ。 「ふーん……」  祐太の話を聞いて、彩華は気のない返事をする。 「人の話を聞いといて、なんだよ。その薄いリアクションは?」 「え? いや、なんだかねぇ……。二人とも鈍いっていうか、不器用っていうか」  そう言って、彩華はクスクス笑う。  また鈍いといわれて、自覚してもいなかった祐太は余計に落ち込んだ。 「あたしから見たら、あんたと睦月さんって、すんごいラブラブに見えるけどね」 「ら、ラブラブ!?」  焦ったような祐太に、たまらないといった感じで彩華がケラケラと明るい笑い声を出す。ひとしきり笑ったあと、涙目になりながら種明かしをするように、彼女は言った。 「睦月さんが急に帰ったのはね。たぶん、ヤキモチ妬いたのよ」 「は?」  ぽかんとした顔で、祐太は彩華の方を見る。彩華は厳しい顔で「前見て、前!」と注意した。  祐太が視線を前方に戻すのを確認して、彼女は話を続けた。 「睦月さんの立場から言えば、いつものように祐太に会いに行ったら、そこには見知らぬあたしが祐太と親しげに話してた」 「はあ……」 「しかも、あたしはあの日は大学に潜入した格好のままでいたし、そりゃ誤解するわよねぇ」  彩華の言葉を、祐太は信じられない思いで聞いていた。  本当だろうか。  本当に、睦月は自分が女子大生の格好をした彩華と話していたのを見て妬いてくれたのだろうか。 「祐太を避けているのは、たぶん誤解したままなんじゃないかな?」 「何を誤解してるんですか?」 「だから、あたしとあんたの仲を、よ」 「マジかよ……」  思わず漏れた呟きに、彩華が楽しそうな声で笑う。  睦月と拗れてしまった原因だと自分で言ったくせにと、祐太はついついうらみがましい目つきで彼女をにらんでしまった。 「目、コワいよ。祐太」 「面白がってるでしょ? 彩華さん」 「そんなことないわよ。今の状況を作ったのは、祐太のせいでしょ?」

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