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第8話
「なんでだよ?」
「だって、あのときすぐに追っかけていれば、睦月さんが拗ねずにすんだんじゃない。ちがう?」
そう言われて、祐太はまた反論ができなくなった。
たしかに、彩華の言う通りにあのとき睦月を追いかけていれば、今でも楽しく彼と週末を過ごしていたのかもしれないと思ったからだ。
だが、祐太はどうしても腑に落ちないことがある。
「彩華さん」
「なによ?」
「さっきから話を聞いてると、まるで睦月さんが俺のこと好きみたいな風に聞こえるんだけど」
「みたいな、じゃなくて、好きでしょ。ぜったい。やっぱ、祐太はニブチンね」
「え?──ええぇっ!!」
思わず素っ頓狂な声が出て、おまけにハンドルが大きくぶれてしまった。
「危ないじゃない!」と、彩華の鉄拳が飛んできた。
「もう! あたしまでケガしたら、シャレになんないわよ」
彩華がブーブー文句を言っても、祐太は心ここにあらずといった様子だ。
「祐太! ちゃんと前見てるんでしょうね?!」
彩華が怒鳴っても、「ああ」と、気のない返事しかよこさない。
やれやれと、彩華は大きなため息をついた。
「なによー。そんなにびっくりすること?」
「いや……。びっくりしたっつうか、ありえないし」
「なんで、ありえないわけ?」
「だって……」
だって、好きなのは、俺だけだと思っていたから。
想いが通じればいいと思っていたけれど、確かめるのは怖くてできなかった。
好かれる自信すらなかった。
「自信持って、いいんじゃない?」
「え? ええっ!? 俺、口に出してた?」
「出してた、出してた」
まいったな、と頭をかく祐太に、彩華は慈愛の眼差しを向ける。
「とにかく、都合悪いって断られても、引いちゃわないで押しなさいよ。多少の強引さは必要よ」
彩華の言葉に、祐太はしっかりと頷く。
本当に、嫉妬してくれたのだろうか?
俺のことを、特別に思ってくれているんだろうか?
そうなら、嬉しい。
このまま、アクセル全開にしてしまいたくなるくらい、嬉しい。
「彩華さん」
「なあに?」
「ありがとう」
どこか晴れやかな祐太の笑顔を見て、彩華も安心したように微笑んだ。
(……だって、祐太ったら、狭い車の中でため息ばっかで、鬱陶しいんだもの)
そう言った本音を、彼女はさらりと笑顔のな裏に隠しておく。
明日、睦月に会いに行こう。
忙しいと断られるのは嫌だから、前もって電話もしない。
ただ、彼に会いたいという気持ちだけを胸に抱えて、仕事が終わったら会いに行こう。
祐太は、そう決心した。
■□■
「お待たせしました」
ゲーム会社ハイテック。
その会議室に入ってきた人物を見て、睦月は無意識に身体が固まってしまった。
「……田崎さんは?」
挨拶もせずに、睦月は目の前の男──加藤翼 に問いかける。
苦笑いしながらも、翼は律儀に答えてくれた。
「主任は今、会議中。どうしても抜け出せないから、代わりに俺が来たんだ」
「そうなんだ」
「そういうこと。で、イラストできたんだろ。見せてくれるか?」
「あ……うん」
翼が左手を出して、作品を見せるよう促してきたので、睦月はあわててファイルブックから出来上がったイラストを取り出した。
翼はそれを受け取ると、さっそく次々とチェックしていく。
睦月はそんな彼を、なんとなしに見つめていた。
翼に会うのは、彼と一緒に暮らしていたアパートを出て行った時以来だ。
あれから、もう1年半の月日が経っていた。
先月、下書きをここへ持ってきたとき、翼の上司である田崎から彼が近々結婚式を挙げるようなことを聞いた。
──ということは、もう結婚しているんだよね。
何の感慨もなく、そう思った自分に睦月は内心で驚く。
今、自身の心の中に目の前の男が存在しないことに安堵して、目の前にいない男を思い出しては苦い気持ちを味わっている。
祐太に会わなくなって、10日が過ぎようとしていた。
その間、メッセージや電話が度々彼からきていたが、仕事を理由にしてそれとなく避けている。
まだ、会えない。
彼からの連絡がくるたびに、胸が震えるような歓喜を味わっているうちは、会ってはいけないような気がして、祐太を避け続けているのだ。
だが、思い人には会うのを避けているのに、昔の恋人と図らずもこうして顔を合わせているなんて、なかなかイヤミな展開だなと、睦月は心の内で自嘲する。
「──OKだな。よくできてる」
深い響くような翼の声に、はっとする。
「直しとかは?」
「俺が見る限りでは、必要ない。あとは主任が最終チェックするとは思うが」
「そっか。田崎さんに、何かあったら連絡くれるように伝えておいて。じゃあ、僕はこれで──」
「……睦月」
立ち上がりかけた睦月を、翼が呼び止める。
「なに?」
「いや……。まだ、時間はあるか?」
翼の問いかけに、睦月は一瞬答えるのをためらった。
彼の口ぶりが、自分に用事があるように聞こえたからだ──仕事以外のことで。
結婚の報告だろうかと、睦月は考える。自分と彼との間で思い当たるのことは、それしかなかった。
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