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第15話
「助かった。ありがとう」
「お礼なんか、いいっす。それより……説明してもらえますか? さっきの電話、あの人でしょう? 一緒に暮らしていた──」
睦月は頷いて、薄く微笑んだ。
「説明するから、部屋に入ろうか」
睦月の誘いに、祐太は黙って首を縦に振る。そして、何か思いついたように、まだ手にしていた睦月の携帯をじっと見る。すると、徐に終話ボタンを長押ししてしまった。開いた画面が暗くなる。
「また、いいとこで邪魔されたくありませんから」
きっぱりとした口調に、睦月はたまらず肩を震わせながら思いきり笑った。
今日の昼間、打ち合わせであった出来事と、中村から聞いた話、そしてさっきの電話の内容を、睦月は頭の中で整理しながら祐太に話した。祐太は、睦月の淹れたコーヒーを飲みながら黙ってきていたが、表情が硬い。
「それで──」
祐太が静かに口を開いた。
「それで、睦月さんはどうしたいんですか?」
不機嫌に問い詰めるでもなく、静かな落ち着いた口調で淡々と訊かれて、睦月は眉をひそめる。
さっき、マンションの前であんなに熱く気持ちを告げたのと同じ口から出たとは思えない、問いかけの言葉。
(どうしたいんですか……だって?)
いまさら、そんな事を訊かれるなんて──
睦月は、だんだんと腹が立ってきた。すっくと立ち上がると、勢いよくトレーナーを脱ぎ捨てる。祐太が驚く気配がわかった。
「な、何やってるんですか?!」
さらにシャツのボタンを外している睦月に、狼狽した様子の祐太が声をかける。睦月は、キッと横目で祐太を睨みつける。
「どうしたいかって聞いてきたのは、そっちだろ? だから、実行に移してるんだよ」
「なっ……!」
躊躇いも見せず、とうとう最後のひとつを外そうとした睦月の手に、祐太は自分の手を重ねてやんわりと阻止した。
「ちょっと待って、睦月さん」
「…………」
「落ち着こうよ」
「……十分、落ち着いているよ。」
睦月がした唇をきゅっと噛む。祐太はそんな睦月をじっと見つめたあと、深いため息をついた。
「祐太くんは……」
「なに?」
「僕……僕が欲しくないのか? 好きだって、言ったくせに」
「睦月さん」
「なんで、あんなこと言うんだよ。僕は……僕の気持ちは……」
気持ちが高ぶってぽろぽろと涙をこぼす睦月を、祐太は抱きしめた。
「欲しくないわけないじゃないですか」
さらに強く抱きしめられて、睦月の骨に甘い痛みが走る。
「今だって、すっげー我慢してるのに」
「我慢する必要ない……」
「あのねえ……」
祐太は心底困ったような声になる。
「睦月さんの気持ちは、わかってますよ」
「だったら、なんで……っ?!」
問い詰める睦月を、祐太はキスで遮った。唇に軽く吸いつくだけの軽いキスは、それでも睦月を黙らせるのに十分な効果があった。
「ね? わかってるでしょ?」
という祐太の言葉に、睦月の顔は真っ赤になる。
「俺がどうしたいんですかって聞いたのは、べつに翼って人とやり直してほしいとか、そういう意味で訊いたんじゃないですよ。てか、やり直すって言われたら、俺ヘコみますよ」
「じゃ、どういう意味で言ったんだよ?」
「それは……。あの、翼って人の話を何も聞かないままで、いいのかなって……」
祐太の言葉に、睦月は思いきりしかめ面になる。
「聞いてどうする? 結婚がダメになった文句を受けてこいって?」
「いや、だから──」
続けて祐太は何かを言おうとしたが、睦月の派手なくしゃみで中断された。
「睦月さん、寒いからボタンはめましょう」
「ヤダって、言ったら?」
睦月は祐太の顔をじっと見上げる。その瞳には、まだ拗ねた色があった。
「まだ話が終わってないし、このままじゃ風邪ひくでしょう?」
子供じゃないんだからという祐太の言葉に、睦月はますますふてくされる。その表情が余計可愛らしく見えて、祐太の苦笑を誘っていることに本人はあまり気が付いていない。
「もう、拗ねないで。話が終わったら、いくら睦月さんが嫌がろうがどうしようが、全部俺が外してあげますよ」
不敵に笑う祐太にそう言われて、睦月はあらためて羞恥心がわいてあわててボタンを閉じた。
「──俺は、睦月さんの話からでしか、その翼って人のこと知らないですけど……」
睦月が服装を整えている間に、祐太はキッチンで新しくコーヒーを淹れながら、話を切り出した。
「結婚やめて、睦月さんと話がしたいってことは、やっぱりまだ睦月さんのことが好きなんだと思うんですよね」
「まさか、ありえないって」
睦月は即座に否定する。
「別れるときは、もうホントにおしまいだなってくらいにバラバラになっていたんだよ」
「そうだったかもしれないけど……。だったら、結婚やめて話があるなんて言わないでしょ?」
「それは……」
睦月が口ごもる。祐太は彼の前に新しく淹れたコーヒーを置いて、睦月の隣に腰を下ろした。
「結婚をやめた原因が、睦月さんのことなのかどうかは、あの人の話を聞かないとわからないでしょう?」
そう言って、祐太は優しく睦月の頭を撫でる。大きな掌にそうされて、睦月の気分はいくらか落ち着いてきた。
そうすると、先ほどの自分の行動のはしたなさにいきなり羞恥心が押し寄せてきて、睦月の頬が赤くなる。それをごまかすように俯いたら、ますます優しく頭を撫でられて、いたたまれない気分になった。
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