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第19話
「……さて、彩華と祐太くんは昨日に引き続き、調査業務ですけれど……」
彩華はうんうんと頷いた。
「依頼者の話では、毎週決まった曜日に動きがあるらしいの。今日はその日だから、対象者の会社にあたしが潜入して、仕事帰りの対象者を祐太と尾行する予定」
スラスラと業務予定を報告する彩華に、潮崎は石井に向けたそれとは真逆の、慈しむような笑顔を向けて頷いた。
「わかりました。潜入する際は、十分気をつけて行動してください。──祐太くんも」
「はい……」
祐太の力ない返事に、彩華が怪訝な表情になる。
「よし! 全員確認できたな。会社のクラウドにも、スケジュールは入れてあるから、各自あとで確認しろ。じゃあ、さっそく業務に取り掛かれ」
社長の徳倉の言葉で解散し、それぞれが動きだした。
「祐太。変装の支度するから、車出して」
「……ああ」
彩華に促され、祐太は一緒に事務所を出ると、車を止めてある月極駐車場に向かった。
「ねえ」
「なんすか?」
話しかける彩華に、祐太はぞんざいな返事をする。
「怒ってるの? さっきのこと。悪かったわよ、からかったりして」
「べつに、いいっすよ……」
苦笑する祐太がどことなく覇気がないので、彩華は渋い表情になる。
「なによ。昨日は睦月さんとこに泊まったんじゃないの?」
「泊りましたよ」
車にキーを差しながらあっさり答える祐太に、わけがわからないとばかりに彩華はさらに問いかける。
「ちゃんと告白したんでしょ?」
「しましたよ」
「睦月さんは、祐太の気持ちに応えてくれたんだよね?」
「ええ」
車に乗り込みながら、矢継ぎ早に質問する彩華に、祐太は淡々とした反応だ。
「どうしたのよ?」
さすがに心配になって、彩華は真剣な眼差しで祐太を見る。すると、祐太は車のエンジンをかけると、盛大なため息をついた。
「俺の方こそ、ごめん。彩華さん」
「そんなのはいいのよ。ねえ、どうしてそんなに元気ないの?」
からかったことをかなり後悔している様子の彩華に、祐太は話を切りだす。
自分ひとりの胸の中に留めるのは、なんだかしんどくなってきたのだ。
「うまくいったことはいったんだけど……」
「けど?」
「邪魔が入ったっつうか、まだカタがついてないことがちょっとあって」
「なに、それ?」
聞き返してきた彩華に、祐太は昨日の顛末を簡単に説明した。
「それで?」
ひと通り話したあと、彩華はさらに突っ込んで聞いてきた。
「それでって?」
「だから、睦月さんは会うわけ? その、昔の男とやらに」
「うん、まあ……」
「いつ?」
「……今夜」
「今夜ぁ!?」
素っ頓狂な声をあげて、厳しい目つきで彩華が睨んでくる。
「な、なんすか?」
鋭い視線に、祐太はたじろいだ。
「バカ祐太! 何でそんなの行かせるわけ?!」
彩華は罵るが、祐太は反論しない。そのことについては、昨夜のうちに睦月と散々話し合ったのだ。
電話かメールで話をつけた方がいいのかもと言いだす睦月に、直接会って話した方がいいと言ったのは他ならぬ祐太であった。
「俺が、直接会ってこいって言ったんす」
「だから、バカだって言ってるのよ!」
朝、自分の夫に言ったセリフを彩華が自分にぶつけてきたので、祐太はついクスッと笑ってしまう。
「笑い事じゃないわ」
「すみません」
「話を聞く限りだけど、相手の男、相当切羽詰まってるわよ」
脅迫めいた口調に、祐太はまた笑った。
「まさか」
「何すんのかわかんない男に、一人で会いに行かせるなんて……バカよ。あたしなら、絶対に行かせない」
「そんな……」
ハンドルを握る手に、じんわりと汗がにじむ。
まさか。話し合うだけだ。話すだけ──。
「何事もなく、話すだけで終わりならいいんだけどね」
憂慮する彩華の声を、祐太はどこか遠くに感じていた。
■□■
掌のスマホを、睦月は睨みつけるようにしてじっと見つめていた。徐に開いて、アドレス帳を表示する。指先で動かしていたカーソルが、ある名前で止まった。
『加藤 翼』
電話番号を表示して発信ボタンを押そうとしたところで、指が動かなくなる。しばらく画面を凝視していたが、そのまま画面を閉じてしまった。そして、深いため息を吐く。
今朝からそう言った一連の動きを、睦月はもう何度も繰り返していた。
わかっている。
向こうからの連絡を待っているだけではいけないことも、祐太とのこれからを考えれば早々にカタをつけなければいけないことも。
だが、どうにも気が重い。
「なんだかなぁ……」
意味不明な独り言が、睦月の口からこぼれた。
どうしても翼へ自分から連絡する気になれなくて、スマホを机の上に置くと、睦月はパソコンのスイッチを入れる。
どんなに悩もうが、そのせいで寝不足──いや、寝不足の原因は他にあるのだが──だろうが、仕事は待ってはくれない。
睦月はデータを開いて、途中だった締め切りの迫っている仕事に取り掛かった。
始めて30分もしないうちに、机の上に置いたスマホがやけに明るい電子音を奏でだす。
それに目をやった睦月は、思わず苦笑いを浮かべていた。
昨日、このメロディーのせいで、いいところを邪魔されてしまったのを思い出したからだ。
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