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第21話

■□■ 「どう? なかなかのもんでしょう」  制服姿の彩華は、ご機嫌な様子でくるりとその場で回ってみせた。  だが、どういった反応をすればいいのかわからない祐太は「はあ……まあ」と、曖昧な返事でごまかした。  制服姿、といっても女子高生のセーラー服とかでもないし、先ほどの掃除のおばちゃんスタイルの作業服でもない。彩華が今身につけているのは、Aホテルの女性客室係のそれだった。  濃紺のタイトなラインに、白エプロンというシンプルなデザインだが、スカートも動きやすい作りになっていて、機能的だ。 「──しかし、本当に何でも揃ってるんですねぇ……」  部屋中に所狭しと並ぶハンガーラックに、ずらりと掛けられたありとあらゆる衣装を見回して、祐太は感心しながら呟いた。 「そうだろう? 一応、ひと通りの学校や職業の『制服』があるんだ。警察や、消防隊員、自衛隊とかの公務員系も、本物と寸分違わないレプリカを揃えているんだよ」  自慢げに説明しているのは、この部屋の主。名前を木崎といい、彩華の劇団仲間だった男だ。  これだけの制服が集められているのは、彼が劇団の衣裳係だったというだけでなく、かなりの制服マニアであるせいだ。だが、それは彩華の仕事に一役買っている。 「それを着て、Aホテルに潜入するんですね?」  姿見の前で、自分の格好を前後に身体を動かして見やっている彩華に、祐太が問いかけた。すると、彼女は振り返ってあっさりとした口調で答える。 「そんなことしないわよ。従業員に見つかったら、不審者扱いされかねないし」 「え!? じゃあ、なんでそれ来てるんすか?」  祐太が、彩華の着ている制服をビシッと指差して、問いただした。 「ああ、これ?」  彩華は、エプロンをひらっとつまみ上げて「趣味?」と、小首を傾げて微笑んでみせる。祐太は、その場でがっくりと崩れ落ちた。 「ほら、あれよ。もちろん、突発的事象にも備えるためよ」  うずくまる祐太に、慌てて彩華はそう言ったが、どうにも付け足したような感が否めない。えへへ、とごまかし笑いをする彩華を睨み上げていると、木崎がポンと祐太の肩を叩いた。 「まあまあ、徳倉くんも大変だろうけど、大目に見てよ。彩華ちゃんの潜入調査ってさ、趣味と実益を兼ねているから」  そんなの慰めにもならないじゃないかと、祐太は内心でツッコミを入れながら、あきらめのため息をついて立ち上がった。すると、肩から手を離したと思った木崎が、今度は二の腕をがっしりと掴んでいる。 「あの……木崎さん?」 「今日変装するのは、彩華ちゃんだけじゃないんだよね」 「は?」 「キミも、だよ。徳倉くん」  ニコニコ微笑む木崎は、優男風の見た目を裏切るような力の持ち主だった。振りほどくのが難しいくらいの力で掴まれて、祐太はなんだか不安になる。 「ほら、キミはこっち」 「あ、あの……木崎さん!? 彩華さん、ちょっと!」  無理矢理に部屋の奥へと連れて行かれそうになり、彩華に助けを求めると、彼女は祐太ににこやかな表情でひらひらと手を振ってみせた。 「木崎ちゃーん。頼むわね。祐太をとびきりのイイ男にしてあげて」  彩華の言葉に、まかしとけといわんばかりに、木崎がぐっと親指を立てて応える。ずるずると引っ張られながら、どうか変な格好だけはされませんように、と祐太は祈るばかりであった。 「──スーツ着せるんだったら、そう言ってくれればいいんすよ。なにも、あんな風に木崎さんに任せたりしないで」  下唇を突き出して、祐太が文句を言った。 「そんなこと言っても、いいわけ? 祐太、スーツなんて持ってなかったでしょ?」  彩華の指摘に、図星をさされた祐太は憮然としたまま、広口のワイングラスに入った水をくいっと一口飲んだ。  Aホテルの最上階に近い階にある、高級イタリアンレストラン。  その店で、祐太と彩華は二人でコース料理を食べていた。もちろん、潜入調査のためである。  ノージャケットでは入店できないので、祐太は木崎が選んだスーツを着ており、彩華もエレガントなワンピース姿である。傍から見たら、まるでデートを楽しんでいる若いカップルだ。  今夜の祐太は、いつもはタオルをバンダナ代わりに上げている長めの前髪を、スーツ姿に合わせてヘアーワックスで固めている。もともと、190cm近い身長に筋肉質の体躯なので、そういった格好をさせると、仕事の出来そうなエリートサラリーマンに見えなくもない。 「馬子にも衣装とはいうけど、なかなか似合ってるじゃないの」  手放しでほめる彩華を軽く睨んで、祐太はネクタイの結び目に手をやる。着慣れていないせいか、ひどく窮屈に思えて気になってしかたない。 「のんきにコース料理なんか食っちゃって、いいんですか?」 「あら。仕事とはいえ、楽しまなきゃ損でしょ? 大丈夫。対象者からは目を……」 「彩華さん?」  不自然に言葉を切った彩華を怪訝に思い、祐太は呼びかけた。だが、それには何も答えず、彼女の視線は店の入口に向かっている。

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