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第24話

 長い付き合いの中で、彼にこんな眼差しを向けられたことは、初めてかもしれない。だが、睦月はそれをどこか哀しい気持ちで受け止めていた。  もっと──もっと早くに、そんな風に僕を見てほしかった。  僕が、心からそれを欲しがっていた時に。  そしたら、きっと……。  そんな風に考えてしまうのが、悔しくて、悲しくて腹立たしい。  もう、僕は翼の向ける気持ちに、何も応えられない。  僕が今、心に住まわせている人は、お前じゃない。 「翼……ごめん。僕はもう、お前に気持ちがない」  目を逸らさず、きっぱりと睦月は言った。翼の瞳が動揺で揺らいだが、それは一瞬だけだった。目を細めて笑顔らしき表情を浮かべて、翼は小さく頷いた。 「そう言われるのは、わかっていたけどな」 「僕は、今は……」 「他に誰かいるんだろ? たとえば、途中で電話を代わって、いいところを邪魔するなと言ったあとに電話を切っちまうヤツとか」  睦月の言葉を遮り、半ばからかうように翼が言うと、睦月の頬にさっと赤味が差す。それを見て、翼の瞳に剣呑な光が宿ったが、羞恥で俯いた睦月にはそれがわからなかった。 「……彼のことが、好きか?」  静かな問いかけに、睦月は顔を上げてこくんと頷いた。 「うん。年下なんだけど、なんていうんだろ……心が大きい人なんだ。彼の言葉なら、心から信じることができるって、そう思わせてくれる。彼ときちんと向かい合いたいから、僕はお前に会おうと決心したんだ」 「そうか……」  翼はそう言ったきり、黙ったままナイフとフォークを動かす。睦月も、これ以上言うべきことが見つからず、やはり沈黙して食事のみに集中した。  デザートが運ばれ、食後のエスプレッソがテーブルに置かれるまで、二人はずっと黙り合っていた。エスプレッソ独特の濃厚な苦味に、睦月が眉をしかめていると、翼が睦月の名前を呼んだ。 「睦月」 「なに?」 「お前は、もう俺のことはまったく心に残していないというんだな?」 「ああ」 「かけらも?」 「ああ」 「そうか……」  そう呟いた翼は、エスプレッソを一口飲むと、その苦さが染みついたような笑みを浮かべた。 「なんか、二度ふられた気分だな……」 「二度って……」  一度目は違うだろうと、睦月が反論しようとするのを、翼はわかっていると言って制した。 「悪い。これは、俺の身勝手な感情だから、気にするな」 「翼……」  傷ついた表情にいたたまれなくなり、睦月はトイレに行くと言って、席を立った。  洗面所の鏡に映る己の顔をじっと見ながら、睦月は呟いた。 「これで、いいんだよな……」  けりをつけたかった。  この気持ちに、嘘はない。そして、それに従って行動した。  胸の中にわずかにあるのは、自分の言葉で傷つけてしまったという純粋な罪悪感だけだ。 「どんだけお人好しなんだか……」  睦月はひとりごちると、ゆっくりと鏡の前から離れた。  席に戻ると、翼は先ほどよりもゆったりとした姿勢で座りながら、窓の外の夜景を見つめている。睦月と目が合うと、もう一杯だけコーヒーを飲んでいけと告げる。 「どうせ、このあとで飲みに誘っても、お前は乗ってくれないんだろ?」と、付け足して。  仕方なく椅子に座り、エスプレッソはあまり好きじゃないんだけど、と考えながらカップを見ると、それはカプチーノに変わっていた。 「そっちの方がいいんだろ?」 と、何もかもわかったような口ぶりで翼が言った。睦月は礼を言うと、カップに口をつけてカプチーノを味わう。  恋愛感情を抜きにしても、翼のこうした時折見せる思いやりが、睦月は昔から好きだった。自分をわかってくれているような気にさせられたからだ。  今は無理でも、また昔のように、何でも話せる親友に戻れたらいいなと思う。だが、それにはもっと時間という薬が必要なんだろう。  そこまで考えていた睦月は、翼の手元に小さな銀色に光るものに目が止まった。錠剤の包みらしきものだ。 「翼。お前、具合でも悪いのか?」  それ、と睦月は銀色の紙片を指差して問いかけた。翼はさりげなくそれを掌の中に隠すと、いいやと首を横に振った。 「まさか、コーヒーと一緒に飲んでないだろうな?」 「飲まないさ」 「薬は、ちゃんと水で飲まないとダメなんだぞ。コーヒーだと、効き目が……悪……く……な……」  しゃべっているうちに、なんだか口が重たくなる。口だけでなく、頭も支え切れないほどに重い。  そう思ったとき、ぐらりと睦月の視界が揺れた。目の前の翼が、二重にも三重にもぶれて見える。 「な…ん……? 翼、こ……」  いったい何が起こったのかわからずに、翼に問いかけようとするが、舌がもつれるように痺れて、うまく言葉にならない。  だんだんと、視点の定まらなくなっていく睦月を見ながら、翼はひっそりと笑った。 「……効き目は、十分にあるみたいだな」

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