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あの時の
「……上手ですね」
不意に声がして驚いてしまう。
そうだった、一年生がまだいたんだっけ……
集中しすぎると周りがわからなくなるの、良くないな。
「ごめんね、夢中になっちゃって。上手じゃないよ、僕なんかまだまだ……」
「いえ、上手いです。俺もこういう風に描けるかなぁ」
聞き取りにくいほど小さな声で彼はそう言うと、チラッと僕の顔を見る。
これ、このまま興味持ってくれて入部してしてくれたらいいな……そう思った僕は話を続けた。
「毎日でも少しずつ描いてくうちに楽しくなってくるし上達もするよ。水彩とか油画とか興味ある?」
一年生はきょとんとした顔で小首を傾げる。
「あ……いや、俺興味ないんです全然。放課後すぐに帰宅するのが嫌で、適当に部活に入ろうと思ってるんですよね。運動苦手だし……」
「………… 」
なんだ、冷やかしか……
でも変な子。ハッキリものを言うんだな。
「でも先輩の絵を見てたら、凄いな……って思って。ちょっとやってみたくなりました」
そう言って、固かった表情が少しだけ和らいだ。
その時、僕は気づいてしまった──
さっきからこの人、何処かで見た事あるな……って思ってたんだ。
この一年生、お花見の時に公園の外れで泣いてた人だ。
彼は僕の事を見ても何の反応もないから、きっと気付いていないんだろうな。
凄く気になる……
泣いていたし、服も乱れてた。
あの時周さんとぶつかって、ひっくり返った時に汚れたのかと思ってたけどもしかしたら最初から汚れてたのかもしれない。
喧嘩? イジメ?
どちらにせよ、いい事ではないよね。
どうしよう……
「先輩? 聞いてます?……大丈夫ですか?」
顔の前で手をヒラヒラされて、ビックリして我に返った。
「あ、ごめん……ぼんやりしてた。で、何?」
「ははっ、聞いてないし。俺、多分美術部に入ると思います。その時はよろしくお願いします」
今度はちゃんと声に出して笑い、僕にペコっと頭を下げて彼は出て行ってしまった。
大人しそうなタイプに見えたけど、話してみると違うんだな。見かけによらずはっきりと物を言う、気の強そうな雰囲気。
とりあえず部長に、残っていた一人は入部してくれるかもしれないですと伝えて、僕はまたデッサンの続きを始めた。
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