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嫌悪

「渡瀬先輩……?」 僕が思わず黙り込んでしまったから、入江君が困ったように僕を見つめる。どうしようかなと思ったけど、見ていてまるで恋人同士みたいだなんて言われてしまったら、それをスルーするのは何だか嘘をついているようで、僕はどうしても黙っていることができなかったんだ。 「あ、あのね……僕と周さん、付き合ってるんだ……」 そう言った途端に、入江君は嫌悪感丸出しな顔をした。 「は? マジかよ……ありえねえ……」 とても小さな声だったけど、入江君が呟いた言葉が耳に刺さる。 今まで周さんとの関係の事で正直友達にここまで嫌悪された事がなかったから、ちょっとショックだった。 でもそうだよね。 たまたま理解してくれる人達に囲まれていただけ…… 嫌だ、変だって思う人だっていないわけがないんだ。もう少しよく考えてから言葉にすればよかったと後悔した。 「ゴメンね……不愉快だったよね」 ショックなのと悲しいのと……なんだか泣きそうになってしまい、俯いたまま入江君の顔が見られなかった。 軽率だった…… 「あっ! ゴメンなさい! ……いや、ほんと、同性で付き合ってるなんて実際いるなんて思ってなかったから……」 慌てて入江君が僕の顔を覗き込んでくる。 申し訳なさそうな顔…… 「ううん、いいの……気持ち悪いって思われてもしょうがないのもわかってるから。でもね、僕……周さんの事が大好きなんだ。初めて他人に興味を持てたのも周さんだし、大袈裟かもしれないけど僕が人間らしくなれたのも周さんのおかげだから。他の人にどう思われたって好きな気持ちは変わらないから…… 」 心配そうに僕を見る入江君に、気持ちを打ち明ける。 これが僕の本心。この先ずっと変わらない。 「人を好きになる気持ちは……自由だから」 思わず溢れてしまった涙を慌てて拭う。 「ご……ごめんね。僕泣き虫なんだ……」 恥ずかしかった。 感情が昂ぶるとすぐに涙が溢れてしまう。 入江君だって困っちゃうよね……ていうか、僕の事なんかより入江君の事が知りたいのに。 「すみませんでした……これ 」 見かねた入江君がハンカチを貸してくれた。 「ありがとう」 こうなるとどっちが先輩なんだろうね。恥ずかしすぎる。 「それにしても意外です。渡瀬先輩があの先輩を……ねぇ。ガラ悪そうだし性格悪そ……あっ! すみません……そうじゃなくって…… 」 入江君が慌ててるのを見て僕は笑わずにはいられなかった。 涙もすっかり引っ込んじゃった。 「あはは……そう思う? 周さん、怖そうに見えてとっても優しくて男らしい人だよ。ちょっと不器用なのかな? って思うけど。あんなんだけど周さん、入江君の事すごく心配してるよ。僕らとお茶した後も誰かに絡まれてたんでしょ?」 僕の事はどうだっていいんだ。 ……うん。 僕らは入江君の事が心配なんだよ。 自然に入江君の話に持っていけた……よね?

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