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父 英太

こいつ誰だ? 「周君だろ? そうだろ?」 知らねえ紳士が嬉しそうに俺を見上げてバンバン肩を叩いてくる。 痛えな、おい…… 「………… 」 ん? まさかな? 「えっと…… 」 「ほら! そんなとこ突っ立ってないで早く帰ろう!」 今度はグイグイと俺の腕を引っ張り、竜太の家に向かっていく。 まさかとは思ったけど、案の定この男は俺を引っ張ったまま竜太の家の門に入っていき、軽快にチャイムを鳴らした。 パタパタと足音が近付き勢いよくドアが開くと、笑顔の竜太が出迎える。 「いらっしゃ……あ、あれ? 父さん?」 多分竜太は俺を出迎えるつもりでドアを開けたんだと思うけど、いきなりのツーショットにポカンとしてしまった。でもすぐさま顔を赤くして口を尖らせ不機嫌そうな顔をする。 …? 「お帰りなさい。父さんも一緒だったんだね。びっくりしちゃった……ねえ、なんで父さん、周さんと腕組んでるの?」 竜太の父ちゃんは俺の腕をしっかりとホールドしたままで玄関に立っている。 不機嫌そうな竜太の顔……もしかして、もしかしなくてもこれは焼きもち? こんな事で竜太が焼きもち妬いてる。 嘘だろ? 可愛い! 「すぐそこで周君見かけたから一緒に来ただけだよ。背が高くて目立つ子だって聞いてたからすぐにわかったよ」 そう言って竜太の父ちゃんは俺から腕を外すとにっこり笑って俺を見た。 あ……! 挨拶しそびれた! 「あ……あの、ご挨拶遅れてすみません! 俺、竜太君と仲良くさせていただいてる橘周と言います……」 俺が慌ててそう言うと、「そんなところでいつまでも何やってんの!」と竜太の母ちゃんに言われ、リビングへと通された。 なんだよ、いきなりグダグダかよ。 でも竜太の母ちゃんが出てきてくれて少しホッとした。 「あの……これよかったら」 さっき買ってきたチョコを母ちゃんに手渡すと「後で食べましょう。ありがとう」と喜んでくれた。 「周君、着替えてくるからちょっと待っててね。寛いでてね」 「……はい」 気安い感じの父ちゃんでちょっと安心した。ってか気安すぎるだろ。イメージしていた竜太の父ちゃんとだいぶ違っていたからちょっと拍子抜けした。 「周さん……」 竜太がジトッとした目で俺を見る。 「僕びっくりしちゃいました。まさか父さんと一緒に帰ってくると思わなかった」 「そんなの俺だってびっくりだよ。いきなり腕掴まれて連れてこられたんだから。俺が周じゃなかったらどうすんだって勢いだったぞ」 リビングでそんな話をしていると、それを聞いていた竜太の母ちゃんがクスクスと笑った。 「ごめんなさいね、周君のこと、英太さんに話してたのよ。背がすっごく高くてモデルさんみたいにカッコいい子なのよ……って。だから一目でわかったんじゃないかしら」 モデルさんって…… キッチンで忙しそうにしている竜太の母ちゃん。カウンターには出来上がった料理が既に並んでる。竜太のチーズケーキのいい匂いもしてるし…… 「超美味そう……」 そう思わず呟き、いつもの調子で俺もキッチンに向かいそこで手を洗ってから母ちゃんを手伝った。 俺の好きなメニューもあってなんだか嬉しくなった。ちょっとスパイスの効いてる竜太の母ちゃんの唐揚げ。ひとつ摘み食いをしてから、俺は唐揚げの皿をテーブルの上に運んだ。 「あら、周君今日はいいわよ。ゆっくり座っててちょうだい」 俺がお膳の支度を手伝ってることに気づいた竜太の母ちゃんが慌てて声を掛けてくる。 「あ、いいっすよ」 俺は気にせず手伝いを続けていると、竜太に手を引かれ振り返った。 「周さん。父さんくるから……こっち座っててください」 なんだよ、改まってそんな風に言われたらまた緊張するじゃんか。 「ね? 周さんっ。こっち座ってて」 可愛くにっこり笑顔を向けられ、俺は竜太に言われるままソファに腰掛けた。俺の横にちょこんと竜太も座る。 「ふふ……周さん、なんか今日雰囲気違いますね」 俺の顔を覗き込み、小さな声で言う竜太が可愛い。 ……なんだか恥ずかしいな。 「ん……髪型? 今日は控えめにしか弄ってねえから」 竜太から目をそらし、額にかかる前髪を指で弄った。 「なんか周さんが可愛く見えます」 「竜太、俺の事からかってんだろ? 可愛いって竜太に言われたくねえよ」 照れ隠しに竜太のこめかみをグリグリしてじゃれ合っていると、いつの間にか目の前の床に竜太の父ちゃんが座って俺らを見ていたから俺は心底驚いた。

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