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御守り

「やだ! 父さんいつからいたの? びっくりするじゃん」 竜太も慌てて俺から離れ、父ちゃんの方を向く。 竜太の父ちゃんはさっきと違ってラフな部屋着に着替え、和かに胡座をかいて俺の方を見ていた。 「いやぁ、さっきから……周君が咲月の手伝いしてくれてるところもこっそり見てたよ」 はぁ? やめてくれよ……やべぇ。 「なんか息子が増えたみたいで、いいね」 俺の気持ちを知ってか知らずか、俺と竜太の間に無理やり尻を突っ込んできて、俺の横に座っていた竜太をソファから追い出した。 「はいはい、竜太は俺のビール持ってきてね」 「もう! 父さんあんまり周さんにベタベタしないでよね!」 プンプンしながら竜太が冷蔵庫へと歩いていく。 ……おいおい竜太。その反応おかしいだろ。ベタベタって何だ。 竜太の父ちゃんが、竜太が離れていくのを確認するように後ろ姿を見守ってから、俺の方へ顔を向ける。 「……周君。手出して」 よく見ると竜太によく似た瞳で俺の事を見つめる竜太の父ちゃん。 もう俺は緊張とさっきからの予想外の展開に、困惑しながら言われるがままに手を差し出した。 だいぶ俺、頭ん中テンパってる…… ポトリと俺の手のひらに置かれた黒い物体。 あ…… 「黒くん?」 竜太が骨折して入院していた時に父ちゃんがくれたと言っていた御守り。 黒くんとか言って、見た目そのまんまのセンスの無い名前を付けて、竜太は嬉しそうに自分の鞄につけていた。 それと同じもの? が俺の手の中にコロンと収まる。 「よくわかったね。そう、竜太にあげた御守りと同じやつ。それは周君のだよ」 ……へ? なんで? なんて言っていいかわからず、ポカンとしてしまっていると、父ちゃんが話を続けた。 「咲月からね、ずっと君の話を聞いていたんだよ。竜太が怪我した時も親身になって心配してくれて、咲月の事も凄く助けてくれた君にどうしても直接渡したくてね。竜太には先に渡していたんだけど、君とはタイミングが合わなくて……今になっちゃったんだけど。周君にも災いが降りかかりませんようにって。よかったら持っててよ」 「………… 」 竜太がビールとグラスをもって戻ってきた。 「あれ? 黒くんだ。え? 僕の?」 「いや、これは周君のだよ。竜太のと一緒に買っておいたんだけど、渡すのが遅くなっちゃってね」 それを聞いた竜太は嬉しそうな顔をするも「やだなあ……」と呟いた。 「そんな変なの……周さん、無理して持ってなくていいですよ。父さん変わってるんです。すみません」 そんな風に言って恥ずかしそうに目をそらした。 「……いや俺、すげえ嬉しい。あ、ありがとうございます。大事にします」 俺は本当に嬉しくて、手の中の黒くんをぎゅっと握りしめポケットにしまった。 竜太の父ちゃんは何だか満足そうに俺の腿をポンと叩き「料理も並んだことだし食事にしよう」と言ってテーブルへと移動する。 竜太は俺に向かってにっこり微笑み、俺は竜太の家族と共にテーブルについた。 いつもの竜太の母ちゃんの手料理。 お袋の料理も美味いけど、仕事が忙しくて出来立てを食べる事はほとんどない。ましてやお袋と一緒に食卓を囲むなんて事も少なくなった。 横には竜太。 目の前には竜太の両親…… やっぱり緊張してしまう。 「周君が好きなこの唐揚げね、英太さんも大好きなのよ。今日はみんなで食事が出来るから嬉しくってついいっぱい作っちゃった。だから遠慮なく食べちゃってね」 竜太の母ちゃんがあれやこれや取り皿に取り分けてくれる。 「ありがとうございます」 変に緊張してしまい、いつもの半分くらいしか喉を通らない。 笑っちまうな。 俺、きっと今までこんなに緊張した事ないかも。 食事をしながら、ビールの進む竜太の父ちゃんに色々と質問攻めにあい、俺は余計に食べられなかった。でもきっと緊張をほぐすために一生懸命話してくれてるんだろうなって思って嬉しかった。

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