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大切な…

風呂から出ると周さんはもう僕の部屋にいて布団に横になっていた。 「周さん? ごめんなさい、疲れちゃいました?」 なんだか疲れたような顔をしていたのでそう聞くと、周さんは寝っ転がったまま視線だけ僕に向け黙って両手を広げた。僕はその胸に抱かれにいくと、何も言わずにギュッと抱きすくめられた。 「……? 周さん? どうかしましたか?」 なんとなく様子のおかしい周さんに聞いてみても、周さんは何も答える事なく僕の頭を優しく撫でる。 いつものその大きな手が心地よくて、僕は周さんにされるがまま目を閉じた。 しばらく抱き合ったまま横になっていると、ようやく周さんが口を開いた。 「竜太は父ちゃんや母ちゃんに愛されてんな。優しくていい両親だ」 ……急にどうしたんだろう? そんな風に言われちゃうとなんだか照れ臭い。 「そうですか? 普通ですよ……あ、でも父さん、周さんに馴れ馴れしくてごめんなさい。いつもはあんなお喋りじゃないんだけどな 」 さっきの様子を思い出し、僕は周さんに謝った。 「……ん? あぁ、別に平気だよ。竜太の父ちゃんも楽しい人だな。母ちゃんと凄えお似合い。あんな風に子どもの事を思ってんだ……親を心配させるような事は出来ねぇな」 周さんが僕の頭を撫でながらそう呟いた。 あんな風に……? 「周さん、僕がお風呂に行ってる間、父さんとなに話してたんですか? なんか僕の事言ってました?」 父さん、僕がいない間に周さんに恥ずかしい事言ってなきゃいいけど…… 僕が急に慌てた様子でそんな事を言ったもんだから、周さんはにやにやと笑って僕を見た。 「ん? ……内緒」 「えー! やだ……なんか気になるじゃないですか! 父さん僕の事何か言ってたんでしょう? もう、教えてください〜。恥ずかしい事言ってました?」 クスクス笑う周さんが僕の頬にキスをした。 「違うよ……竜太が恥ずかしがる事なんかなにも言ってないから。ただ竜太の事をよろしくって言われただけだよ」 少しだけ、寂しそうにも見える複雑な笑顔で僕の事をまた抱きしめる周さん。 「よろしく言われなくてもずっと一緒にいて大事にするっつうの…… 」 小さく呟き、僕の頭を胸に抱えた。 周さんの心臓の鼓動がトクトクと耳に響く。それがとても心地よくて、僕はまた目を瞑った。 部屋のドアのノックで目が覚める。 あ……二人して寝ちゃったんだ。のそのそと体を起こし、ドアの前に立つ母さんを見た。 「ごめんね、起こしちゃって。英太さん、明日からまたしばらく出張で帰らないから……」 寂しそうな顔で母さんが微笑む。 「え? だってまだ…… 」 「急に連絡来ちゃってね、明日の朝早くに出るから、行ってらっしゃい言ってあげてね」 「………… 」 後ろから周さんが僕の肩にポンと手を置き部屋を出るから僕も後についていく。 リビングには父さんがソファに座ってテレビを見ていた。 「父さん、明日からまた出るんだって?……気をつけてね。お休みなさい」 やっぱり少し寂しい。 けどそんなの高校生にもなって恥ずかしいよね。 僕はなんでもないふりをして、素っ気なく挨拶をした。 周さんは父さんにぺこりと頭を下げ、お会いできてよかったと伝えていた。 部屋に戻ろうとしたら、周さんはまだその場に留まってる。父さんにまだ何か言いたい事があるのかな? 「周さん……?」 「俺は大丈夫です。大事な……大事な友人である竜太君を悲しませるようなことはしませんよ。俺だって竜太君に助けられてる事は沢山あります。だから安心してください。突き離すんじゃない……迷っても一緒に進んでいきます」 真っ直ぐに父さんを見つめ、静かに話す周さん。 ……なんのことかな? 父さん黙っちゃってるし。 でも…… でもなんだか恥ずかしい。 まるで告白をされてる気分だった。 ふと父さんを見ると、僕を見て微笑んでいる。 「頼もしい、いい友人を持ったな。周君、竜太をこれからもよろしくな。お休み……」 「……おやすみなさい」 僕は周さんと部屋に戻る。 「ねぇ、周さん。父さんに僕らの事を話したわけじゃないですよね?」 さっきの意味ありげな二人の会話。 僕がいない間に何を話していたんだろう。 「話してねえよ。さっきの話のまんまだよ。友達として末長くよろしくってね……別に深い意味はないから、気にすんな」 そう言って、周さんは僕のベッドに潜り込む。 「え……ちょっと、周さん布団じゃないの?」 あ……また。周さんは両手を広げて僕を呼ぶ。 「寝よ。竜太おいで……」 「……うん」 僕は周さんの腕に包まれ、抱き合いながら朝まで眠った。

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