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お約束の怪我
「あっ……!」
ゴロゴロと石が転がっていて足場が悪く、僕はバランスを崩してしまった。辛うじて転びはしなかったものの、手に持っていた皿の上に無造作に置いていた包丁が足元に落ちる。
なんで僕は包丁なんて危ないものを適当に皿に乗っけて歩いてしまったんだろう……そう頭を過ぎった時にはもう遅く、まるでスローモーションのように落ちていく包丁を見つめていた。
「竜太くん! 大丈夫か?」
僕の異変に気が付いた先生が駆け寄ってきてくれた。
「あ……大丈夫……です」
落ちた包丁は刃先を下に向け、僕の足に向かって綺麗に落下していった。
また僕はなんでサンダルなんかに履き替えてしまったんだろうな……
包丁が足の甲に突き刺さるという大惨事は免れたものの、右足の小指付け根あたりを少し切ってしまっていた。
「大丈夫じゃないよ。切っちゃってるじゃん! 歩ける? 一旦戻ろう。手当てするから……」
先生は僕に肩を貸してくれようとしたけど、一人でも歩けるから大丈夫。僕は先生と一緒に手当てをするために別荘へ戻った。
先生は志音に声をかけてから付き添ってくれたけど、周さん達は遊びに夢中できっと気がついてない。でも変に心配をかけたくないからちょうどよかった。
「先生、いつもすみません……」
サボりで保健室常連な周さん達とは違って、僕は不注意からの怪我で保健室の常連だった。学校の外でもこんな事で先生を煩わせてしまって申し訳ない気持ちになり気分が滅入る。
「全くね、竜太くんは怪我が多いよね。気をつけないと……橘もよく心配してるぞ?」
先生は笑ってそう言うと僕の頭をクシャッと撫でた。
「………… 」
別荘に戻り、傷口を軽く洗う。思ったより傷は深くなく、簡単に傷パッドを貼ってくれた。
「竜太くん……ありがとな。誘ってくれて」
おもむろに先生が話し出した。
「志音はさ、仕事柄大人との付き合いは沢山あると思うんだ。だけど同年代の友達と遊ぶって事が少なかったから、こういうの凄く喜んでる……俺まで一緒に誘ってくれるなんて思ってなかったから、嬉しいよ」
先生、嫌がってると思ったけどよかった。
「そう言ってもらえて……誘ってよかったです。てか、逆に別荘に招待してもらったり車運転してもらったり、ご迷惑かけちゃってすみません。お世話になります」
きっとお酒も飲まないのは、万が一の事があった時にすぐに車を出せるように配慮しての事だ。事前に志音と大掃除をしたとも言ってたし、面倒をかけてしまったと思ったからそう言ったんだけど……
「ほんと竜太くんはお利口さんだね。癒されるわ」
そう言って先生は笑った。
お利口さん……って言葉にちょっとバカにされた気分になったけど、きっと先生は悪気があって言ったわけじゃない。褒められたんだと思うことにして僕らはまた川原へ戻ろうと別荘を出た。
「竜太! 大丈夫か? 先生なにやってんだよ! 怪我させんなよ!」
外に出た瞬間、周さんが先生に怒鳴りながら走ってきた。凄い剣幕……でも先生のせいじゃない。
「周さん! 違うよ、僕が勝手に転んだだけだから……もう、そんな大きな声出さないでください!」
周さんは僕の足元を見るなり、僕に背中を向けて少し屈んで「はい、おんぶ!」と言って振り返る。
歩けないほどの怪我じゃないのにな……と少し躊躇っていると更に「おんぶっ!」って怖い顔をするので渋々周さんの背中に飛び乗った。下手に断ったらますます機嫌が悪くなっちゃうよね。
「下に着くまでですよ……ありがとうございます」
ちょっと恥ずかしかったけど、周さんの体温があたたかかった。
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