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謙誠
竜太を見送り、一人アパートに戻った俺はまた出かける支度を始めた。
お袋を選んだ人──
お袋が人生を共に過ごそうと選んだ人……
俺はこれからそいつに会う。だけどどんな人だってお袋が選んだ人なのだから否定はしないと思う。
どんな人なんだろう。
迎えに来ると言っていたくらいだから、俺は家の中で待ってりゃいいんだよな? 家の場所だってわかってるよな?
俺は今日会う日だからと言われていたものの、詳しいことはなにも聞かされていなかったから少し不安に思っていた。それでも昼を回った頃には来るのだろうと思い、もう少し寝ようとベッドに横になる。それでも昨晩竜太と一緒にゆっくりと寝られたおかげで眠気は来ず、ぼんやりと天井を眺めていた。少しボーッとしていたら、突然の爆音に驚かされ、慌てて体を起こした。
「は? なんだ? うるせえ……」
ベッドから起き上がり、外を見ようと窓へ歩いていると玄関の呼び鈴が鳴る。
まさかな……嫌な予感しかしねえ。
恐る恐るドアを開けると、知らない若い男が立っていた。いや、若く見えるけど違う……こいつはお袋と同じ部類だ。
「周君? お待たせ! 出られる? 外で待ってるから早く来てね」
どことなく高坂の匂いも感じさせる軽そうなそいつに肩をバシバシと叩かれ、俺は一気に不快感に襲われた。
馴れ馴れしい……ムカつく。
黙ったまま自分の荷物を持ち、外で待つ再婚相手のところに向かった。
路上に停めてあるピカピカに手入れしてある二人乗りの外車。めちゃめちゃエンジン音がうるせえ。近所迷惑甚だしい。
そいつは俺の姿を確認するなりそそくさと出てきて助手席のドアを開け、エスコートしてくれた。
「初めまして。周君はやっぱり雅 ちゃんとよく似てる。綺麗な顔してるね……ねぇ、ちょっとなに? そんな怖い顔しないでよ」
いきなりのお袋への「雅ちゃん」呼びに困惑するどころか怒りすら湧いて来る。だからといって他にどう呼んだら許せるのかも俺には分からなかった。
「………… 」
「………… 」
沈黙……
こいつは俺の名前を知っているようだけど、俺は自己紹介をされてないからわからない。なんて呼んだらいいんだ? 何か喋ってほしそうな顔して俺のこと見てるけど……
「……いや、あんたの名前」
「あ! 僕は謙誠。安斎謙誠 だ。よろしくな」
やっと自己紹介をした謙誠はにっこりと笑い、手を差し出した。
じっと目を見ながら、俺は謙誠と握手を交わす。全く想像に反した人物像で思いっきり戸惑ってる俺は、一体謙誠からどう見えてるんだろうな……
「なぁ、車うるせえよ。近所迷惑……」
とりあえず何を話したらいいのか、焦った俺はぶっきらぼうにそう言った。
「ははは。そんな言うほどうるさくないよ? この辺りは静かだからね。……でも車はこのくらい体に響かないとつまらないから」
わけわかんね……
「あ、そう」
ちょっと素っ気なかったかな? と思ったけどまあいいや。
俺の指摘なんか気にせずにブォンと大きく軽快な音を立て、いよいよ車は走り出した。
「周君はお昼は済ませた? 僕お腹空いてるんだよね。ひとまず何か食べに行かないかい?」
なんとなく顔を見る事ができずに、俺は窓の外を眺めがら適当に頷いた。
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