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二人で昼食

しばらく車を走らせた後、パーキングに車を停めた。 謙誠は車から降りる時に、おもむろにダッシュボードから黒ぶちの眼鏡を取り出しキュッと一拭きしてから顔に掛けた。 「……なに? 目ぇ悪いの?」 一瞬ポカンとしてから俺を見て、ふふ……と笑う。 「あ、これね……変装なの一応。これから行くお店ね、僕のお店なんだよね。社長の顔なんてわかりゃしないだろうけど念の為に 」 自分の店の抜き打ちチェックだと、まるで子どものようにウキウキした顔をしながら道を歩く。 つかみ所のない雰囲気に戸惑いながら俺はとりあえず謙誠の後について行った。 駐車場から五分とかからない場所にあったのは、外観のおしゃれなエスニックな店だった。 お昼の時間帯もだいぶ回っていたので店内は比較的空いていて、俺たちは奥の広いテーブルへと通された。 「ここの店はね、一番最近にオープンさせた店なんだよね……うん」 テーブルの上から店内、オープンなキッチンの方にもさり気なく目線を這わせチェックしている。 あぁ……そういえばお袋もどっか飲食店でパートしてたよな。そこでこいつに引っ掛けられたのかな? 「………… 」 そうだな、「引っ掛けられた」っていう表現が一番しっくりくる。 そう思って俺は思わずクスッと笑った。 「えっとね、ここでしょ、あと周君の家の近くのカフェも僕の経営するお店なんだよ。駅前の日本料理屋もね」 黙って聞いていたら、どうやら謙誠は10店舗以上もの飲食店を経営するオーナーらしいことがわかった。 「それでお袋に出会って口説き落としたってわけか?」 つっけんどんに言葉が溢れる。 思わず睨んでしまったが、別に怒っているわけじゃない…… 「……… 」 いい加減、怒らせたかな? 初めて会った時から、目上の人に対する俺の態度はよろしくない。自分でもちゃんとそれはわかってる。 「周君言うねぇ。そうだね、うん、雅ちゃんに一目惚れした僕が頑張って頑張って、やっと口説き落としたんだよ」 屈託なく笑う謙誠に俺は力が抜けた。 「なかなか落ちてくれなくてね…… 」 「あ、そう……口説き落とせてよかったね」 お袋の恋愛事情なんて、なんだか聞きたくなくて俺は話を遮った。 次から次へと運ばれてくる料理を二人で食べる。 初めて食べるようなものも多くて、その都度俺はどんな料理なのか謙誠に聞いてみた。 俺が聞くと、嬉しそうに料理の説明をしてくれる。 それからはぎこちないながらも他愛ない会話をして、俺らは二人で食事を楽しんだ。 デザートには、焼きバナナのアイスクリームとマンゴープリン。焼きバナナなんて、炎があがったまま運ばれてきて、その演出に俺は驚く。謙誠は、そんな俺の様子を満足そうに見つめていた。 「さて……どうだったかい? 美味しかったかな?」 ひと通り食べ終わると、そう言って謙誠が上目遣いで俺の顔を伺った。 「……美味かったです。ご馳走様」 美味しかったし、雰囲気も大人っぽくて今度は竜太と一緒に来てみたいな……なんて思ったくらいだ。 俺が素直にそう言ったのがよほど嬉しかったのか、謙誠は満面の笑みでわかりやすく喜んでくれた。

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