124 / 377

お袋と謙誠

それから一度、休憩のためサービスエリアに立ち寄った。 謙誠は仕事なのか車から降りるなり電話に出て、そのまま話しながらどこかへ行ってしまった。 全く知らない場所── 賑わう観光客。 幸せそうな家族連れ…… そういえば俺、お袋と旅行とかどこかに出かけるとかした事ねえな。 大人になって親孝行とか言って旅行に連れて行ってやったら、お袋喜ぶかな? ………。 そうだよ。旅行の土産買ってきただけで、あんなに喜ぶんだ。 間違いなく喜ぶに決まってる。 お袋が泣きそうな顔をして喜んでるのが想像できて、ふわっと温かい気持ちになった。 何となくそんな事を考えながら、俺は自動販売機に向かう。 俺の飲むお茶と、謙誠のコーヒー。好みなんて知らないけど、さっき昼飯の時コーヒー飲んでたからこれなら間違いねえだろう。 車に戻ると、電話を終えたらしい謙誠がキョロキョロとしていた。 「ごめん、お待たせ……」 俺が声をかけたら、驚いたような顔をする。 「……周君見当たらないから帰っちゃったかと思ったよ。びっくりした」 いや…… ここから俺一人でどうやって帰るんだよ。ちょっと天然なのかな。 「はいこれ。飲み物どうぞ」 俺は無愛想に謙誠にコーヒーの缶を手渡した。 「……? あちっ! ありがとう……コーヒー、ホットなんだね 」 ヘラッと謙誠は笑い、また車に乗り込んだ。 「仕事なんだろ? 大丈夫?」 真面目な顔をして電話に出ていたのを思い出し、少し心配になった。 「いや、大丈夫だよ。今日は午前の店長会議に顔見せるだけで、あとは明日も休むって言ってあるから……気にしない、気にしない」 謙誠はそれだけ言って、俺は俺でとくに何か喋るわけでもなく、窓の外を眺めて時間が過ぎていった。 高速を降り、ちょっとした田舎道。 「すっげえ田舎……家ないじゃん」 思わず窓の外を見て呟くと、謙誠が声を出して笑った。 「もう少し走れば町だから。山もあるし、海もある。自然に囲まれてていいところだよ」 「ふぅん……そう」 興味なさそうなふりをして、適当に返事をする。 俺はきっと謙誠から見たら生意気な糞ガキに映ってるんだろうな。 認めなきゃいけないっていう気持ちと、認めたくないという気持ち。 でも本当はどうしたらいいのかわからない……というのが本音だった。 街中に入ると俺の住んでるところとさほど変わらない雰囲気だった。 少し走り、学校の前で車を停める。 小学校? 中学……かな? 「ここは僕と雅ちゃんの母校でーす! 小学校ね」 少々浮かれた感じで紹介する謙誠。 車に乗ったまま、俺は窓からその小学校を眺めた。 ……? 「え? お袋も?」 聞き間違いじゃなければさっき謙誠は「僕と雅ちゃんの……」と言った気がした。 「うん、実はね、雅ちゃんとは小学校の同級生。俺の初恋の人なんだよ。でも雅ちゃん、家庭の事情ですぐに引っ越しちゃったんだ……だから再会した時は驚いたなぁ」 嬉しそうに笑いながら話す謙誠の顔を、俺は見つめる。 「雅ちゃんだってわかってからはもう何が何でも……って思って 」 「……その執念、怖えよ」 「はは……そうかもね。でも僕の想いに雅ちゃんは応えてくれたよ。時間はかかったけど、誠意と熱意は伝わったんだと信じてる」 そう言いながら、謙誠はまた車を発進させた。

ともだちにシェアしよう!