137 / 377
散髪
部屋にビニールシートを広げて、椅子と鏡を用意する。
いつの間にか康介も部屋に来ていて、興味津々で陽介さんの様子を見ていた。
「兄貴さ、俺の髪切ってくんねえのになんで竜ならオッケーなんだよ。なんかムカつく……」
「だってお前、文句言いそうだもん嫌だよ。どうせちんちくりんなんだから髪くらいてめえで切れ。そのうち気が向いたら切ってやるよ」
「………… 」
僕は陽介さんに言われるがまま、椅子に座りケープをつける。
「本当にいいの? 俺上手くないよ。竜太君の思うようにならなかったらゴメンね」
「いえ、大丈夫です。だっていつも圭さんの髪、カッコ良く切ってるじゃないですか。僕も圭さんくらい短くしてください」
「……!? 」
僕の言葉に、わかりやすすぎる康介の動揺。
「竜……圭さんの事はっ! 」
慌てて小声でそう言って康介が僕を睨む。でもムッとした陽介さんに康介はゲンコツを食らった。
「痛ってえな! 兄貴なにすんだよ!」
「ほんと、お前のそれ! やめてくれよ。腫れもの触るみたいによ……圭ちゃんのこと禁句みたいな態度やめれ。ムカつく!」
陽介さんは僕の髪を触りながら「アホな康介で悪いな……」と苦笑い。
「でも竜太君、圭ちゃんくらいって結構短いよ。いいの?」
「はい、なんか文化祭のドラマ撮影で、僕男らしくした方がいいみたいなんで。短い方が男っぽくなるかなって思って。それに髪ならまた伸びます」
陽介さんは僕の言葉に軽く笑って、鋏でカットし始めた。
「康介……お前いると気が散るから向こう行っとけ」
途中お喋りに夢中になり始めた康介は、陽介さんに追い出されてしまった。
「……陽介さん、圭さんとは連絡取ってますか?」
「ふふっ、聞かれると思った」
鏡越しに目が合うと、少し困ったような顔をした。
だってどうしても気になってしまったから。
「連絡は取ってないよ。卒業して、圭ちゃんを空港で見送ってから一度も話してない……」
あ……あの日、見送りには行ったんだ。
「見送りって言っても会ってないけどな。圭ちゃんどうしてっかな……」
僕の髪を軽快にカットしながら陽介さんはそう呟く。
「あ、そういえば陽介さんよく合コンとか行ってるって……」
「あぁ、それな。暇つぶしと人数合わせ……え? なんか俺、心配されてる? 大丈夫よ、心配しないで」
圭さんがいないから変わりの人を探してるなんて、陽介さんに限ってそんな事ないよね。
「はい……だって合コンって……えっと、その……やっぱり……寂しいですよね」
「………… 」
陽介さんの手が止まる。
……あ!
「ご、ごめんなさい!……僕なに言っちゃってんだろ。ごめんなさい」
僕は言い過ぎてしまったと慌てていると、陽介さんは優しく頭を撫でてくれた。
「いや、いいよ気にしないで……うん、寂しいな。毎日毎日、なんで圭ちゃんは近くにいないんだろうって思うよ」
あぁ……
僕はなんでこんなこと言っちゃったんだろう。そんなの当たり前じゃないか。寂しいに決まってる。
陽介さんの表情が、なんだか苦しそうで胸が痛んだ──
ともだちにシェアしよう!