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撮影開始

僕もスーツに着替え、髪型をセットしてもらう。 こんなスーツなんて着慣れないから、なんだか落ち着かなかった。 「竜太君、別人みたい……本当カッコいいよ。惚れちゃいそう」 カメラを構えていた斉藤君や、犯人役のクラスメイトがクスクスと笑いながら僕を見てる。カッコいいと褒めてくれてるけど笑ってるから本当は可笑しいんじゃないのかな? 大丈夫かな…… 「恥ずかしいんだけど……もう、そんなにカッコいいって言わないで」 だんだんいたたまれなくなってきて、堪らずそう言った。 「じゃあ、支度できたら行くぞ」 すっかり女性の姿の真司君が僕の手を取り廊下を歩く。 文化祭の準備をしてる人達もまだ疎らに残っていて、私服姿で廊下を歩く僕らは少々注目を集めてしまう。とくに真司君は女の人に見えるから好奇の目が向けられた。 「なんかめっちゃ見られてる? あ! そうか俺か! 俺がベッピンだからか! ミニスカでも履いてたらよかったんだけどな」 ハハハ! と真司君は豪快に笑いながらパンツスーツの足をガニ股に開いて挑発している。 「もう、やめなってば真司君……」 中身は真司君でも見た目は綺麗な女の人なんだから、あんまり下品な事をされちゃうとちょっと恥ずかしくなっちゃう。僕は真司君の腕を取り、目的の校門まで急いで歩いた。 「今日はここから校舎の中まで犯人追いかけて走るんだけど、竜太はとりあえず下駄箱までね、ここからそこまでは全力でいけるだろ? 後ろ姿、遠目で撮るから」 そんな真司君の説明があり、いよいよ撮影がスタートした── 最初は走って追いかけるシーン。そして職員室の一角を借りての会議室のシーン。犯人を追い詰め、人質に取られた相棒を助けるシーン…… 順調に撮影が進んでいく。 ただ走ってるだけなら簡単だけど、やっぱりセリフが絡んでくると難しい。恥ずかしさが勝ってしまって間違えたりオドオドしたり。それでも何とか今日の撮影は終了できた。 明日は真司君の家で告白シーンだ。 このシーンが最も大切で見せ場だからって念を押されているから帰ったら練習しておかなくちゃ。 教室に戻り、着替えをすませる。 帰り仕度をして、僕は斉藤君と真司君と一緒に門を出た。 途中まで三人で帰り、それぞれ自分の家へ帰る。 周さんと会えない日はいつも寂しくてつまらないけど、ここのところ文化祭の事で忙しくしてるせいか、気が紛れて僕は寂しくはなかった。 お風呂を済ませ、部屋で台本を眺める。 「もうだめだ……気付いちまった。俺はお前の事が好きなんだよ……もう危険な目にはあわせたくない……」 こう言いながら、僕は真司君の頬に手を添えてキスをするんだ。 いやいや、真似だよ? キスする真似。 本当にするわけじゃないし、これは演技だから…… 真司君は男らしく、カッコよく、惚れさせる勢いでセリフを言えって言うけど、僕にできるかな。 鏡の中の自分とにらめっこしながら、自分一番カッコよく見える表情を探してみる。 「………… 」 何度見ても、角度を変えても、そこに映るのはいつもと変わらない冴えない僕の姿だった。 ……ほんとに僕なんかでいいのかな? ま、なるようになれ、だよね。 ベッドの上で何度かセリフをブツブツと呟き、しっくりこないまま眠くなってしまい気付いたら朝だった。

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