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キスシーン

昼休みが終わってから放課後まで、周さんの話が頭から離れずに不安でいっぱいのままの僕は、事情を知らない志音にも心配されてしまう始末。 「何でもないよ。大丈夫だから……」 そう志音に言って、僕は部活に向かった。でも途中で斉藤君に呼び止められてしまい慌てて振り返る。 「ちょっとどこ行くの? 今日は真司君の家でしょ? 部活出ないで真っ直ぐ来いって言われてるじゃん。早く行こう」 ……そうだった。すっかり撮影の事が頭から抜けてしまっていた。 「ごめん……そうだったね。うん……すぐ支度するから、斉藤君ちょっと待っててくれる?」 僕は急いで教室に戻り帰り支度をして下駄箱で待つ斉藤君のところへと走った。 「……何かあった? 元気ないよね? 大丈夫?」 真司君の家へ向かう道中、僕の様子に気がついた斉藤君が心配してくれる。 「ん……なんでもない。大丈夫。ありがとう心配してくれて……」 一瞬、斉藤君になら不安な気持ちを話してもいいかな? なんて思ってしまったけど、やっぱりやめた。 周さんはまだ一緒に行くとは言ってない。心配するなって言ってくれたんだ。 ……だから大丈夫。 真司君の家に着くと、既に女装して準備万端で迎えられた。相変わらず美人で尻込みしてしまう。 「遅えぞ! さっさと始めよう」 ニ人で向かい合い見つめ合う…… カメラマンの斉藤君の合図で撮影がスタートした。 「もうだめだ……気付いちまった。俺はお前の事が好きなんだよ。もう危険な目にはあわせたくない……」 僕は練習した通りのセリフを言い、真司君の頬に手を添えた。 「………… 」 「……?」 真司君のセリフの筈なのに、黙ったまま僕のことを睨んでる。どうしたんだろう? セリフ、忘れちゃったのかな? なんてぼけっと考えていたら頭を叩かれてしまった。 「なにそれ! ……全然ダメ! 感情こもってないし! 竜太なんか今日変だぞ、どうした?」 「へ? 変?」 「ふざけんなよ、やる気ある?」 「どうもしないよ……ごめんね、下手くそで」 僕は演劇部の真司君とは違って素人なんだよ。素人どころか筋金入りのど素人だ。頭ごなしに怒られてしまい、ちょっとイラッとして卑屈になってしまった。 「下手くそとは言ってねえだろ。ほらもう一回!」 それから何度かやってみたけど、やっぱり真司君の納得のいくものは撮れなかった。ちょっと休憩と言われ、ジュースをもらう。あまりにもダメ出しをされ続けると本当にやる気が削がれてしまって嫌だった。 「もっと気持ち込めろよ……ってこと。竜太はさ、好きな人とかいねえの? 彼女とかさ……そいつの事思ってやってみ? 簡単だよ」 「………… 」 周さんのことを考えて……? 僕から遠くへ行かないで。ずっとそばにいてほしい…… 周さんのことを考えたら、昼休みのことを思い出し悲しくなってしまった。 「もう一度やるぞ」と言われ撮影がスタートする。 僕はまたさっきのセリフを吐きながら、真司君の頬に手を添え顔を近づける。 「……好きだ。俺の傍にいろ……離したくないんだ………」 周さんのことを考えていたら思わず台本にはないセリフを呟いてしまい、そのまま真司君に唇を重ねる……フリをする。 でも唇は重ならないはずなのに、気がついたら僕は真司君に本当にキスをされていた。 「……?!」 驚いた僕は慌てて真司君から離れ、斉藤君はカメラを止める。 「何! なんで本当にキスするんだよ!」 一気に顔が熱くなる。 「……ご、ごめん。竜太にならキスされてもいいかなって一瞬思っちまった。やべー! 俺としたことが! 惹きこまれた! 何なの? 竜太カッコよすぎだよ、急に変わりすぎ! 思わず吸い寄せられるようにキスしちゃったじゃん」 真司君も赤い顔をして慌ててる。 嘘だろ? 信じられない! どうしよう…… こんなの絶対周さんには見せられないよ。 「やり直し! ね? さっきの撮り直そ!」 僕は斉藤君にそう言ったけど、真司君は今のが一番よかった! と言って満足してるし、斉藤君も背後から撮ってるから本当にキスしてるなんてわからないから大丈夫、なんて言ってる。 「………… 」 周さん以外の人とキスしてしまった…… 最悪だ! 僕がいくら言ったところで、やり直しはされず今日の撮影は終わってしまった。 ご機嫌な真司君とは裏腹に、僕は斉藤君と一緒に重い足取りで家に帰った。 道中斉藤君は何度も何度も慰めてくれた。 背後からの撮影だからわからないって…… そりゃ観てる人にはわからないけどさ、そういうことじゃないんだよ。僕は周さん以外の人とキスをしてしまったんだ。 罪悪感で胸が苦しい。 勘弁してくれ……

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