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エントリー
嫌な予感は当たるもので、やっぱり今年のラッキーボーイは入江君に決まってしまった。僕のクラスでもエントリーするかしないかで話題は持ちきり……
大部分の人たちはエントリーして、あわよくば入江君に選んでもらってデート資金を山分けする。そんな事を考えてるみたい。
「え? なんで竜太君もエントリーするの?」
僕がエントリーすると言い出して、志音は理解できないといった顔をしている。
「選ばれたのが美術部の一年生なんだよ……今年のラッキーボーイね。関わるの嫌だったんだけどさ、入江君になっちゃったから何とかしてあげたくて……」
去年体育祭を休んだ志音に、詳しく賭けの内容を教えてあげた。
「ふぅ〜ん、なるほど。隣のクラスの康介君と、四組の周さんと修斗さんね。で、三組だけいないの?」
「そうだね。だから三組だけには優勝させない……てかさ、やっぱり高坂先生はエントリーしないんだよね?」
ちょっとだけ、先生が三組でエントリーしてくれれば安心だよな、って思ってしまった。
「しないよ。力になってあげたいけど、だめ。もし三組が優勝しちゃったら絶対先生選ぶだろ? デートしないにしろ、なんか嫌だ」
「あ……ごめん、そうだよね。うん、わかった。変なこと言い出してごめん。忘れて」
先生は生徒のためになんて言ってたけど、志音と付き合う前はきっと楽しんで参加してたんだろうね……なんて修斗さん言ってたっけ。
やっぱり心配だし嫌だよね。
僕は放課後、康介と一緒に写真部の部室へ行き、五百円を払ってエントリーをした。
すぐに出ようと思ったのに、先輩に捕まってしまい周さんとのことを揶揄われてしまった。
「さっき橘もエントリーしに来たから浮気かぁ? なんて心配したけど違うんだな。渡瀬君もエントリーするなんて意外」
「そっか! 君らは男好きなんだもんな。入江君だっけ? 可愛いから落としがいあるよね。俺も今年はエントリーするよ。だってめっちゃタイプだもん。君と違って気が強そうなのが堪らないよね。渡瀬君はちょっとお願いすればデートくらいしてくれるんだろ? どう? 今度さ、橘に内緒で俺とデートしようぜ」
受付の先輩が、いやらしい顔で僕のことをジッと見る。
「もちろん俺が奢るし、ホテル代も気にしなくていいよ」
「………… 」
僕の横で康介が怒りで顔を赤くしている。
今にも先輩に食ってかかりそう。
僕は慌てて康介の肩に手を置いた。
「あ、康介……大丈夫だから。あの、先輩? 僕は男なら誰でもいいわけじゃないですし、あいにく先輩みたいなの全然タイプじゃないんです。お願いされても困ります。悪いけど僕を口説くならもっといい男になって出直してください」
こんなくだらないこと言って揶揄ってくるような人に、遠慮なんていらない。一々気にしてたってしょうがない。
「ま、出直したところで無理なものは無理ですけどね。ふふっ…… 」
自分で言ってて可笑しくなってしまい、最後は思わず鼻で笑ってしまった。
「………… 」
ポカンとしている康介の手を取り、僕らは写真部の部室から出る。
「なに本気になってんだよ、バカじゃね? 冗談だっつーの!」
背後から慌てたような先輩の声が虚しく響いた。
あんな風に言われるの、もう慣れた……
他人の心ない言葉に悲しんだり腹を立てたって相手が面白がるだけだ。そういう相手には僕は思ったまんま伝えることにしたんだ。
「……驚いた。竜もなかなか言うね」
クラスの前に戻ると、康介が驚いて僕の顔をしみじみ見つめる。
「そう? もう慣れたよ……康介ありがとね。僕のために怒ってくれて」
僕がそう言うと「当たり前だろ!」と鼻を膨らます康介。
「……ってさ、もう慣れたって、もしかしてあんなのよくあることなのか? 竜、大丈夫? 周さんには言った?」
小声で康介が心配してくれる。
「大丈夫だよ。それに見たでしょ? わざわざ周さんに心配かけなくても、あのくらい僕が一人で対処できるし」
「いや、でも……」
「大丈夫! 殆どがああやって僕らのことを揶揄って楽しんでるんだ。そのうち飽きるだろうし。本当に身の危険を感じたらちゃんと周さんやみんなに相談するから。康介も周さんに心配かけるようなこと言わないでよね」
周さんに心配かけるのも勿論だけど、このことで周さんがまた罪悪感を感じてしまったら嫌だから……
僕は康介と別れ、荷物を持って部室へ向かった。
ちょっと入江君と気まずいな。
一年生はこの賭けの事は知らないんだ。話したところでどうしようもないし、やっぱり黙ってる方がいいんだよね──
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