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食事会

少しずつ仕事が増えてくれば、逆に先生と会える時間は少なくなってくる。毎日少しだけ保健室で顔を合わせ、帰宅後は電話をしたりメールをしたり…… それでも合鍵を使って俺の部屋に来て食事を作って待っててくれたり、逆に俺が先生の部屋に行って「おかえりなさい」なんて迎えたりしていたから、何も苦じゃなかった。 そう、いつも通りのいつもの日常── 数日前に真雪さんに言われていたあの手紙の事も、俺はすっかり頭から抜け落ちていた。 『高坂さんにも念のため話しておきなさいね』 そんな風に言われていたのに…… 俺は心配かけたくなかったし、あまり深刻に考えていなかったから先生には話していなかった。 この日は仁奈の家で食事をする約束があった。もちろん先生も一緒。 仁奈とは一緒に仕事をするようになってから仲良くなり、俺の恋人だと言って先生を紹介してからは時間を合わせて先生も一緒に月に一度くらいのペースで食事をしていた。 流石に仁奈は目立つので、その殆どが外食ではなく仁奈の部屋だったけど。 そしてこの日も仕事終わりに先生と待ち合わせて仁奈のマンションへと向かった。 「いらっしゃい。高坂さん、いつ見ても素敵ね」 仁奈は出迎えるなり先生に笑顔を振りまく。 「………… 」 俺の恋人だと紹介をしたから、俺と先生との関係は勿論仁奈も知っていて、仁奈は仁奈で、長年の思い人がいる。俺が幸せそうなのがムカつくと言っては毎回こうやって揶揄うようにして、俺がやきもちを妬くのを見て面白がっていた。 「あれ? なんか今日、仁奈ちゃん雰囲気違うね。いつも以上にお洒落してない?」 先生が仁奈の僅かな変化に気が付きそう聞くと、途端に真っ赤になって「そんなことないから!」と否定する。おかしいな? と思って部屋の奥を見ると成る程、今日は彼女も一緒なのがわかった。 「今晩は……またお邪魔しちゃってます」 仁奈より少し落ち着いた雰囲気の綺麗な人。この彼女が、仁奈がずっと想いを寄せてる本人だ。 俺にはうるさく言うくせに、自分は気持ちを打ち明けられずに親友関係を続けているらしい…… でも、さっさと告っちゃえばいいのに、とは簡単に言えない。今までの関係を壊してしまうかもしれない、そういった恐怖は俺もよくわかるから。 四人で仁奈が用意してくれた食事を楽しみ、程よくお酒も回ったところでお開きになった。また次回の約束を交わして俺と先生は仁奈のマンションを後にした。 俺は呑まなかったけど、ご機嫌な先生は少し歩きたいと言い出して、ちょっと遠回りをしながら夜道を歩いた。 「ここんとこ休みが合わなくて、長く一緒にいられなかったからさ」 そう言って別れを惜しんで遠回りをする。 俺も先生と同じことを思っていたから嬉しかった。 そんな風に思ってるなら俺の家に泊まってくれてもいいのにな……心の中でそう呟く。 一応先生と生徒というのを気にしているらしく、会うことはあってもそんなに頻繁に泊まったりはしない。 だから俺は早く高校なんか卒業して同棲を始めたい、なんて考えるようになっていた。

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