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夜景
「志音、ちょっと寄り道いい?」
まだ酔いが覚めてないのか、相変わらずご機嫌な様子で俺の手を引く先生。
「ちょっと、手…… 」
遅い時間だから人も殆どいなかったけど、やっぱり外では照れくさかった。それでもそんな甘いムードではなく、早く目的の場所に連れて行きたいという雰囲気で、先生は楽しそうにぐいぐいと俺の手を引いて歩く。
「陸也さんってば! そんな引っ張んなくてもちゃんとついていくから……離せよっ」
先生の手を離し、足早に歩く先生の後をなんとかついていくと、ちょっと高台にある公園に向かっていることがわかった。
「ねぇ陸也さん、まさかこれ上がるの?」
目の前の長い長い階段……正直ちょっと面倒くさかった。
「そうだよ、ここ上がんなきゃ見られないからね」
そう言って振り返り、また俺に向かって手を差し出す。
「……いや、手を繋がなくても大丈夫だし。おっ先に〜 」
俺は差し出された手をパンと軽く叩いて、わざと先生を追い越し階段を駆け上がった。
この公園は知っていたけど、来たことはなかった。
時間も時間だけに人もいなくて、外灯がいい雰囲気で明かりを灯している。
「ここさ、夜景が綺麗でびっくりすんぞ」
階段を上りきり、二人並んで歩く。先生は、この公園が夜景が綺麗に見える事を知っていて、俺を連れて来たかったんだと言い嬉しそうに微笑んだ。
「……ほんとだ。こんな綺麗な夜景スポットがあったんだ」
俺は手摺につかまり、眼下の明かりに目を奪われる。
「恋人同士で来ると……いい雰囲気だろ?」
先生は俺の顔を覗き込み腰に回す手に少しだけ力を込めた。
「……そうだね。陸也さんありがと」
最近疲れ気味な俺を思ってここへ連れて行きたいって思ってくれたんだろう。 いつも俺のことを気にかけてくれて。
……先生は優しい。
胸の中がほっと温かくなるような感覚に、俺は幸せを噛み締める。
俺達はしばらく二人並んで、静かに夜景を眺めていた。
「さて、綺麗な景色も堪能したし……帰るか」
先生が俺の頬に悪戯っぽくチュッとして、来た道を小走りで戻る。
さっき俺が先生を追い越して駆け上がった階段を、今度はお返しと言わんばかりに先生がふざけながら先に駆け下りようとした。
「……子どもかよ」
なんだか楽しそうな先生の姿を見て可笑しく思いながら、俺も後を追いかける。でも少し下りると下から階段を上がってくる人影が見えたので、ふざけるのをやめて端に寄った。
俺は一応帽子を深くかぶり直し、上がってくる人から視線を外して下へと向かう。すれ違ったその人に、ジッと顔を見られたような気がして少し嫌な気分になったから……
一歩先を下りる先生がふと俺を振り返ると、小さく「志音……」と呟き慌てて駆け上がってきた。
「何?」って問いかける間もなく俺は先生に横に押され、次の瞬間先生の体がふわりと後ろへ落ちていく。
まるでスローモーションのようにゆっくりと、先生が長い階段を頭から転がり落ちていくのが見え、俺の思考は一瞬止まったように感じた。
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