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なんで……
高坂先生がお休みしているのを知って、僕は志音に「早く先生が戻ってくるといいね」とメールをした──
『そうだね。でも俺にはもう関係ないから』
思いもよらない志音の返事に僕は呆然としてしまった。
関係ないって何?
今までにないくらい元気のない志音の姿と、この言葉……
僕はいてもたってもいられずに、学校が終わると同時に志音の住むマンションに向かった。
インターホンで呼び出しても反応がない……そういえば仕事があるって言ってたっけ。
メッセージを入れても避けられそうな気がしたから、僕は志音のマンションの前で待つことにした。
……あまりに遅くなりそうなら帰ればいい。学校でも志音とは会えるんだ。
ぼんやりとブロックに腰掛け志音の帰りを待っていると、意外に早く志音が帰ってきた。
「は? 君、何やってんの?」
不機嫌そうな顔をした志音が僕の事を見下ろしている。その手にはスーパーの買い物袋。
「あ……れ? 仕事じゃなかったの?」
僕が聞くと、一週間の休みをもらったと気まずそうに話してくれた。
「俺に何か用?」
冷たくそう言って、志音は僕の横を通り過ぎる。慌てて腕をつかみ引き止めると、振り払われてしまった。
「志音! 何で僕がここに来たかわかるでしょ? ちゃんと話聞かせてよ!」
「………… 」
泣きそうな顔をしてる志音を見て、理由はわからないけど見てるこっちまで辛くなる。
「部屋に……入れてよ。僕でよかったら話、聞くからさ」
「……なんで竜太君が泣きそうになってんだよ」
志音は力なく笑いそう言うと、僕を部屋に入れてくれた。
「先生ね、ちょっと調子悪いんだ」
高坂先生が休んでる理由を教えてくれた。
志音を庇って階段から落ちてしまったらしい。そして頭を強く打ったせいで、記憶の混乱が続いていると話してくれた。
「記憶障害っていうの?……それと同時に、ぼんやりしてたり眠ってたりで頭痛も酷いから」
キッチンで紅茶を淹れながら淡々と話す志音。
顔を見られたくないのか、僕の方を全然見ないで話してる。
「自分のこと、責めちゃダメだよ? 先生回復して退院もしてるんでしょ?」
志音の手が止まる……
触れてはいけないところに触れてしまったようで、志音の表情を見た僕は不安になった。
「……元気になってきてるよ。うん…… 」
退院できたのなら、嬉しいはずだよね? 志音のことだから看病しに行ったりしてただろうに……
「さっきさ、記憶障害って言ったろ? 先生ね、俺との事、一時だけど忘れてたんだよ」
「え……?」
志音が学校の生徒で、自分が庇って助けたという事はわかってるけど「恋人同士」だった事実が頭から抜け落ちていたと言って志音は力なく笑う。
正直信じられなかった。
「高校生の頃から大学時代なのかな? その頃の記憶が強く出てたんだ…… 」
一瞬歪んだ志音の頬に、スッと涙が一筋溢れる。笑顔を浮かべて涙を溢す志音に僕は何を言って慰めてあげたら良いのかわからなかった。
「先生の記憶は?……まだ戻ってないの?」
僕が聞くと弱々しく首を振る。
「今日ね、悠さんから連絡来た……ちゃんと記憶が戻ったってさ。俺の事もしっかりわかってるって……」
ならなんで志音はこんなに辛そうにしているの?
なんでもう関係ないから、なんて言うの?
「じゃあ……」
「俺さぁ……昨日の晩、先生に抱かれたんだ。いつもみたいに優しい顔して志音って呼ぶからさ、記憶が戻ったと思ったんだよ……凄く嬉しかった……幸せだった。でも終わった後、またエッチしたくなったら連絡してってアドレス書いたメモ紙 渡されちゃった。はは……笑っちゃうよね」
そう言って志音は涙を隠すこともなく、声を上げて笑った。
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