220 / 377
ふたりの母
今日は周さんが雅さんと一緒に僕の家に来る日──
僕は朝から張り切ってチーズケーキを焼いている。
「周さんね、独り暮らしになるんだよ。凄いね。周さんが一人になったらさ、僕が食事作ったりしてあげてもいいよね?」
嬉しくて浮かれてしまい、ついつい母さんにそんな話をしてしまう。
「勿論構わないけど……竜太は随分と嬉しそうね。まるで周君の彼女みたい」
「………… 」
そんな風に言って母さんは笑うから、恥ずかしくてこれ以上何も言えなくなってしまった。
てか彼女じゃないし。
「そろそろかしら?」なんて言ってるそばから玄関のチャイムが鳴った。
僕はいそいそと玄関へ出迎えに行く。
「初めまして……周の母、橘 雅でございます」
普段の派手な印象はなく、落ち着いた雰囲気の雅さん。
ちょっとポカンとしてしまったら、そんな僕に気がついて後ろで周さんが悪戯っぽく笑った。
「いつも周がお世話になっております。もっと早くにご挨拶するべきだったのですが、遅くなってしまい申し訳ありません……」
「あら! そんなかしこまらないでください。いいんですよ。こちらこそごめんなさいね、ご挨拶が遅れてしまって」
リビングに通すと、雅さんは緊張しているのか大人しい。
母さんはそんな雅さんに気さくに話しかけ、僕の手作りケーキの話題も手伝ってかすぐに打ち解け賑やかになった。
雅さんは日頃周さんが僕たち家族に世話になってることのお詫びと感謝を丁寧な言葉で母さんに話す。そんな雅さんに母さんは僕が小さかった頃の話なんかもべらべらと言い出すから困ってしまった。
物心ついた時から、僕は人とあまり接してこなかったから。
今思うとちょっと変わっていた……
きっと母さんや父さんに凄く心配もかけてたんだと思う。
周さんと親しくなったことで僕が随分と変わったことを母さんは雅さんに嬉しそうに話してる。
僕は、自分の話をされているのがなんだか恥ずかしくて、洗い物をするふりをしてキッチンへ逃げた。
周さんは僕の小さな頃の話が面白く思ったのか母さん達と一緒になってお喋りをしている。
僕はお皿を洗いながら、母さん達のお喋りにこっそりと聞き耳を立てた。
「うちの子、こんななもんで……失礼な事ばっかりですよね。すみません。竜ちゃんがとってもいい子で……本当、竜太君のおかげで周は凄くいい方向に変化したんです。ちゃんと学校にも行くようになったし。もう私嬉しくって嬉しくって……」
雅さんが僕の事を褒めてくれてる。
「雅さん、竜太も周君のおかげで凄く変わったんですよ。周君のおかげで人付き合いができるようになって……とってもいい表情になったんです。見違えるほどイキイキして明るくなって。本当にありがとう。周君は私も家族みたいに思ってるのよ。だからそんなに気にしないでくださいね」
「………… 」
「そりゃ、初めて会った時は体も大きいし頭も金髪だし、正直びっくりしましたよ。ましてや竜太がお友達と家に帰ってくるなんてこと初めてだったし。でもね、足を痛めた竜太を周君は学校からおぶってきてくれたの。そして何よりちゃんと私の目を見てきちんと自己紹介と挨拶をしてくれて……礼儀正しい。もうそれだけで凄くいい子だってわかったわ」
見た目で判断してしまうのはダメよね、なんて言いながら笑っている。父さんも周さんのことが大好きだし良い青年だと褒めていたと雅さんに伝えると、母さんは更に話を続けた。
「雅さんまだお若いのにね、こんなにいい子に育てて……おひとりで大変な中、しっかりと子育てされてきたんですね。あ……なんか余計なお世話ですよね。偉そうにごめんなさいね」
「………… 」
「え? あらやだ! ごめんなさい……どうしたの? 雅さん泣かないで……」
「私……周を育ててきて……褒められた事なんて一度だって無かったから。自分がやってきた事……間違ってなかったんだ……って思って。嬉しい……ありがとうございます」
母さんの言葉に雅さんが感極まって泣いてしまった。
「あたりまえでしょ! 自信持っていいわよ。雅さん、周君はとってもいい子よ。それは雅さんがちゃんと育ててきたからこそ……こちらこそありがとう」
母さん達二人して泣いちゃって、その場にいた周さんは困惑した顔して黙り込んじゃってるし。
……ちょっと面白いな、なんて思ったりしたけど、でもなんだか胸がほっこりするような、そんな温かい気持ちになった。
ともだちにシェアしよう!