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大好きな人

「おい……潜ったらおしぼりズレるだろ」 せっかく潜って顔隠したのに、先生に捲られてしまう。 やだ……! 見られたくない。 「……これ、いらない!」 たいして冷たくもない濡れたおしぼりをポイっと投げ、俺はまた頭から布団を被った。 なんでこんな事になってんだ? 先生が俺に優しくしてくれる。 俺が熱? 「熱なんてない!」 あったとしてもこんなの大した事ない。 先生は黙って俺のベッドの横にいる。声はしないけど気配がわかる。 ……どうしよう。俺は布団の中で息を潜め、じっとしている。息を潜めたって状況は何も変わらないんだけど、それでも混乱する頭を冷やすにはこうするしかなかった。泣いてる顔なんて見られたくないし、なんならここから瞬間移動して逃げ出したい。 「……志音?」 先生の呼びかけに、思わず体がビクッとなった。 「………… 」 布団の上から、先生の手がぽんと俺の肩を叩く。 「確かにな、そんなに高い熱じゃない。でも……お前、なんか弱ってんぞ? このくらいの熱で意識が朦朧とするのおかしいだろ……俺にここまで運ばれてきたのだってわかってないだろ?」 布団越しに触れる先生の手が、俺の肩を優しく撫でる。 ここまで? 運ばれて……? 恐る恐る目だけ出し周りを見てみると、さっきまでいた俺らの部屋とは違っていた。 「え? ここって…… 」 「俺の部屋だ。俺が志音をここまで運んだ。発熱、病人、他の生徒にうつったらマズいからな」 以前先生におんぶしてもらった事やお姫様抱っこをされた事を思い出し、あの部屋からこの部屋までの道のりがどうだったのかを想像したら、恥ずかしさで更に熱が上がる思いがした。 ……最悪だ。 俺はまた布団に潜る。 先生の手は俺の肩に乗ったまま。 「顔……見せてくれよ。志音、お願いだ」 消え入りそうな声…… 震えている先生の声。 肩に乗る先生の手に、少しだけ力が入った。 ……ごめんなさい。 俺は唇を噛み、布団から顔を出した。 「………… 」 久しぶりに間近で見る先生の顔。 大好きな人の顔。大好きだったはずなのに、俺のせいでこんなにも酷く辛そうな顔をさせてしまっている。 「志音、ごめんな……具合悪い時にこんなこと言って本当にごめん。マンションの鍵を変えるほど……俺の事、怒ってるんだろ? どうしたら……どうしたら許してもらえる?」 泣きそうな顔で俺の事を見つめる先生の視線に耐えられず、目を逸らした。 「俺はお前に……何をしたんだ?」 先生は記憶を失っていて、俺が何で自分を避けてるのかわからないんだ。 でも俺が先生に対して許せないって気持ち以上に、俺自身が許せなくて…… 謝るのは本当は俺の方なのに。 俺は黙って首を振る事しかできなかった。

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