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俺の事故後の記憶
志音を助けて階段から転げ落ちた──
病院に数日入院させられ退院、学校も少し休んで家で過ごしたらしい。
何となくぼんやりと……
毎日の頭痛と眩暈に悩まされながら過ごしていたのは、薄っすらと思い出している。でもはっきり言って思い出したのはつい先日だった。
それまでは、俺の頭は一部分だけすっぽりと抜け落ちたような感じだった。
階段から落ちて、心配そうに俺を見る志音の顔。
意識が遠退く……
そして次に気がついた時は、俺は自分の部屋のベッドの上だった。
急に視界が晴れる感じで驚いて周りを見ると、きょとんとした悠が側で座っているのに気がついたんだ。
「志音は? 怪我は?」
俺はこの場に志音がいない事、どうしてるのかが心配で心配で、目の前にいる悠に慌ててそう聞いた。
悠は泣きそうな顔をして「戻ったんだな」とひと言呟き、志音は無事で元気だと教えてくれた。
事故後数時間は目を覚まさず、入院二日目に初めて目を覚ますも眠ったり起きたりの繰り返しで、それでも検査結果も異常はなかったから三日目には退院。
頭痛と眩暈が酷く、学校は休みをもらい家でぼんやりと過ごしていたと悠は話す。
入院?
退院してからも学校には行かずに家で過ごしてた?
階段から落ちてから何日経過してるんだ?
落ちた後からの記憶が全くなかった。
……怖い。記憶がないことに恐怖を覚える。それでも志音がどうしているのか、そればかりが気にかかった。
なんでここに悠がいて志音はいないんだ?
不安になり悠に聞いたけど「学校に行ってるに決まってるだろ」と笑われて、それもそうだと納得をした。
でも何かがおかしい、最初に感じた不安が益々膨れ上がってきたのは志音と連絡が取れない事に気がついてからだった。
メッセージを入れても電話をかけても繋がらない。
折り返しの連絡もくれず、気づけば二日経っていた。
学校が終わり、仕事があっても家には帰ってくると思い志音のマンションに会いに行った。いつものように合鍵で入ろうとしたけど、どういうわけか何度やっても鍵は開かなかった。
俺はその足で悠の店に行き志音の事を問い詰めたけど、なかなか喋ってはくれない。でもその時には、退院後に志音も俺の面倒を見てくれていた事をぼんやりとだけど思い出していた。
「志音は俺の事を見ててくれたんだろ? 世話してくれてたのは悠じゃなくて志音なんだろ? ならなんで今俺は避けられてんだ? ……合鍵! そうだよ! 鍵変えるほど俺は志音に嫌われるような事をしたのか? どうしても連絡取れないんだよ。保健室にも来ないし……かといって俺が教室に行くわけにもいかねえし」
悠なら何か知ってるかと思い、俺はしつこく志音の事を問い詰めた。
何か隠してる……
というか、何か言いたそうな顔をしている悠にもう一度同じ事を言うと、小さく溜息をついて話し始めた。
話を聞いて、俺は体中の力が抜ける思いだった。
俺が志音の存在を忘れてた?
おまけに悠の事を「悠さん」なんて呼んで、その頃の記憶で過ごしていた?
「……志音の前で俺に向かってモーションかけてきてたぞ」
呆れ顔で悠が言った言葉に背筋がゾッとする。
確かに俺は、悠と出会った時は悠に好意を持っていたし憧れてもいた……
「俺、すげえ何かやらかしちゃってねえよな? 大丈夫だよな?」
悠はチラッと俺を見て、コクリと頷いた。
「合鍵変えられるほど怒らせるような事はないと思うよ……」
「………… 」
「でも、志音と二人きりの時に何かあったんじゃないのか?……悪いけど俺にはそこまではわからないよ」
きっと志音と二人きりの時に、俺は取り返しのつかない事をしてしまったんだ。
志音と連絡が取れなくなった理由はわかった。
怒っているんだ……
そうだよ。自分が忘れられたんだ。
こんなに辛い事はない。
それなのに、俺はわからないのをいい事に志音の目の前で他の男にモーションかけてたなんて……
志音の気持ちを考えるとどうしようもなく自分に腹が立った。
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