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苛立ち

部屋に入ると、志音はベッドに潜り込んで寝ていた。 そっと顔にかかっている布団を退かすと、ずっと会いたかった顔がそこにある。 「……志音」 小さく声をかけても目を開けない。 眉間に皺を刻み、辛そうにしている志音の額に俺は手を置いた。 熱がある…… けどそんな驚くほどは高くない。 それなのに、俺がここにいて志音に触れているのに気がつきもしない。 静かにそっと志音の頭を撫でる。 こうすると志音はいつも嬉しそうに甘えた顔をしていたっけ…… なんだかずっと昔のことのように思えてしまう。 頬から首筋に手を這わす。いつもならすぐに感じてピクッと反応するくせに、目の前にいる志音は苦しそうな顔のまま眠っていた。 ごめんな…… 辛い思いをさせてしまって。 でも黙って俺から離れようとするなんて。 ……そんなの俺は認めない。 布団を退かし、眠っている志音の体にそっと手を入れ抱き抱える。少しだけ志音がうなされるように何かを言ったけど、相変わらず目は瞑ったまま眠っているので気にせず俺は廊下へ出た。 大浴場から戻ってきた生徒数人がこちらを見てコソコソと話をしているのが見えたけど関係ない。 俺は志音を抱えてまっすぐ自分の部屋へ向かった。 部屋に戻り俺のベッドへゆっくりと下ろし寝かせ、とりあえず濡らしたお絞りを志音の額に乗せ様子を見る。冷やすほどの熱じゃないけど、こうすれば少しは目も覚めやすくなるだろう…… 案の定、驚いた顔をして目を覚ました志音が飛び起き、急に起き上がって眩暈を起こしたのか気持ちが悪いと言って吐きそうになった。 そんな志音を再び寝かせ、俺は保健医らしく体調を気遣った。 焦りまくってお絞りを投げながら「熱なんてない」とまた布団に潜ってしまう志音の肩に手を乗せる。 布団越しに触れる志音…… さっき抱き抱えたときにも思ったけど、少しだけ痩せたように感じて更に申し訳なさで胸が痛んだ。 息が荒いのか、手に触れる志音の肩がゆっくりと上下している。 「……志音?」 「………… 」 布団の上からぽんと軽く肩を叩くがやっぱり無反応。 「確かにな、そんなに高い熱じゃない。でも……お前、なんか弱ってんぞ? このくらいの熱で意識が朦朧とするのおかしいだろ……俺にここまで運ばれてきたのだってわかってないだろ?」 志音の肩を摩りながら、俺は平静を装いゆっくりと話しかけた。 今すぐ抱きしめたい。 志音の体温を感じたい…… やっと自分のいる状況がわかったのか、一度は顔を出したものの驚いた志音はまた布団に潜ってしまう。 「顔……見せてくれよ。志音、お願いだ」 ちゃんと俺の事を見てくれ。 話をさせてくれ。 ちゃんと俺から謝らせてくれ。 俺の事を避ける志音にもどかしさを覚えながら、それでも膨れ上がる感情を押さえ込み声をかけた。 しばらくしてやっと顔を出し、複雑な表情で俺の顔を見ている志音に泣きたくなる。 「志音、ごめんな……具合悪い時にこんなこと言って本当にごめん。マンションの鍵を変えるほど……俺の事怒ってるんだろ? どうしたら……どうしたら許してもらえる?」 縋るような気持ちでそう聞いたのに、ふっと目を逸らされてしまった。 その志音の表情に俺に対する嫌悪感が見て取れてしまい、どうしようもない絶望感に襲われた。 「俺はお前に……何をしたんだ?」 俺の問いかけに、ただただ黙って辛そうに首を振るだけの志音に、俺は申し訳ない気持ち以上に苛立ちがどんどんと増していった。

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