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逃げない……逃がさない

ほんと、俺もどうかしている── 組み敷かれ押さえつけられて、おまけに首まで締められたのに……先生のそんな行為に喜んでいる自分がいて、ちょっとだけ気が楽になった。 「……陸也さん、俺の事……殺したい?」 怯えた顔をして、溢れる俺の涙を恐る恐る指で拭う先生に俺は尋ねた。 小さく首を振る…… 「俺……怖いけど、でもね……陸也さんの事が好き過ぎて、こんなに辛いのなら殺されてもいいやって思っちゃった……バカみたいだよね? こんな俺……ひくよね?」 首を振り続けている先生の目からも涙が落ちる。 「陸也さんが覚えてるかわからないけど……こないだ俺たちセックスしたんだ。一番信じて、愛し合ってると思ってた人に……終わった後セフレ扱いされたんだ。俺は……俺は……陸也さんが記憶障害があるってわかってたのに……わかってたのに許せなかった。許せなかった自分が堪らなく嫌だった……」 俺の頬に先生の涙が落ちた。 ごめんなさい。 こんな事、言うつもりじゃなかったのに。 先生を傷つけたくなかったのに…… 「俺は俺が嫌になったんだ……絶対陸也さんとずっと一緒にいるって誓ってたはずなのに、あんな事だけで俺は耐えられなくなったんだ。逃げた自分が許せなかった……だからね、陸也さんは悪くない。俺……弱くてゴメンね。もう辛い思いするのが怖いんだ。好きだから……大好き……だから……怖い」 先生を傷つけてしまうから言わないでいたのに…… 口を開いたら思っていた事がつらつらと溢れてしまって止まらなくなった。 「ごめんなさい……怖いのに……離れてみたって嫌いになんかなれなくて……俺、どうしたらいいのかわからない!」 泣いてる先生の顔を見たくなくて… 泣いてる俺の顔を見られたくなくて…… 俺は両手で顔を覆った。 「志音……」 先生に顔を隠している手を退かされる。 涙を流しながら優しく微笑む先生に頬を撫でられた俺は、その手に縋った。 やっぱり大好き。 離れたくない。 「お前が何度自信がなくなって俺から逃げたって、俺はすぐに志音を捕まえに行く。逃してたまるかってんだ。絶対逃がさねえから……俺の事、嫌いじゃないんだよな? まだ好きでいてくれてるんだよな?」 頬に添えられている先生の手を握りながら俺は何度も頷いた。 「セフレ云々の事は……ごめん、わからなかった……ごめんな……酷いな俺は……許されるような事じゃねえよな。ごめんな志音。辛かったよな。俺から離れようと思うのは当たり前だよ」 先生は泣きながら何度も俺にそう言って謝ってくれる。ごめんと言われる度に、申し訳ない気持ちと嬉しいと思う気持ちに俺は揺れた。 「俺の事はずっと許さなくてもいいから……でもお願いだから自分の事は許してやってくれよ。志音はなにも悪くない。お前は弱くなんかないから……」 ギュッと先生の胸に力強く抱きしめられ、凄く懐かしくてあたたかいぬくもりに心が震える。 「志音……お願いだから俺のそばにいてくれよ。俺から逃げないで……弱い俺をそばにいて支えてくれ」 ゴメンね…… 結局俺は先生を泣かせてしまった。 傷つけてしまった。 「……こんな俺でも、陸也さんの事まだ好きでいても……いい?」 先生の胸の中で恐る恐る呟く。 「バカ!当たり前だろ」 ちょっとだけ怖い顔をして先生が俺の事を睨んだ。 「志音、キス……してもいいか?」 俺の涙を指で拭い、先生は涙を溜め俺を見つめる。 「……して。陸也さん……好き」 ふわっと優しく唇が重なる。 ゆっくりと確かめ合うようにお互いの舌を絡めあった。 ……やっと、やっと目の前に大好きな先生が帰ってきてくれた。 逃げ出した俺を連れ戻してくれた。 ゴメンね。 本当にゴメンね。 捕まえに来てくれてありがとう。 「ありがとう……陸也さん。もう俺の事、忘れないでね。ずっと一緒にいてね。俺には陸也さんしかいないから。もう……逃げたりなんかしないから」 先生は笑顔で頷いて、力強く俺の事を抱きしめてくれた。

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