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朝食
志音の瞳にみるみる涙が溜まっていく。
「志音……」
幸い周りにはもう殆ど生徒はおらず、僕ら二人だけ。とりあえず今にも泣き出しそうな志音を廊下の隅のベンチへ座らせた。
熱はなさそうだし、きっと体調が悪いってわけじゃないんだろう。
「ねえ? ちゃんと先生と話せたんでしょう? もう大丈夫なんだよね? なのになんで……」
志音の前にしゃがみ込み小さな声でそう聞くと、やっと僕の方を見てくれた。
「大丈夫だよ。ちゃんと話せたし、もう元通り。言わなきゃいけないこともちゃんと言った」
「なら、何でそんなに辛そうにしてるの? まだ体調優れない?」
瞬きと同時に零れ落ちた涙を拭ってやるため、慌てて志音にハンカチを差し出すと、志音は黙ってそれを受け取り両目に当てる。
「……嫌なんだ。もう一時も離れたくない。またどっか行っちゃうんじゃないかって……凄く怖いんだ」
やっと聞き取れるくらいの小さな声で震えながら志音が呟いた。
いや、もう先生の記憶も戻ってるんだし。何をそんなに不安に思うんだろう。
僕には志音がそこまで怖いと思う理由がわからなかった。
「……どこにも行かないよ? そんなに怖がることじゃないでしょ? 元通りになったんだから。ね? 元気出して……ご飯食べに行こう」
いつまでもここにいるわけにもいかないので、志音にそう言い立ち上がるように促すも、ハンカチを目に当て項垂れたまま動かない。
困ったな……
きっと先生の記憶が無くなったこと、自分が忘れられたこと、僕には想像もできないくらい志音の心に傷を負わせてるのかもしれない。
「……心配ないよ。大丈夫」
志音にとってみたら僕の言葉なんてなんの根拠もなく頼りないかもしれない。でも僕にはこんな気休めみたいな事しか言えなかった。
「ね、先生だってみんなと一緒に朝食とりにくるでしょ? 姿が見えれば少しは安心じゃない? ね? ……先生も志音が来なかったら心配するからさ」
できるだけ志音の気持ちに寄り添いながらそう言うと、やっと志音が立ち上がってくれた。グッと手の甲で目元を拭うとはっきり僕の目を見て「ごめん!」と謝る。
さっきまでとは別人のように、何事もなかったかのようにしっかりとした足取りで食堂に向かう志音に慌てて僕はついていく。
……とりあえず、気持ちが切り替わったみたいでよかった。
食堂では既に康介も真司君もほぼ食べ終えていて、僕らも急いで席に着く。
「……おい、大丈夫か? 無理して食うなよ? 気持ち悪くなったら辛いし」
真司君が心配そうに顔を覗く。
「へ? 何が? ……それより俺がいなかったからって昨晩は竜太君に変なことしてないだろうね?」
ケロっとして志音が真司君に笑顔を向けた。
「いや……何が? ってお前……ま、いっか。早く食えよ」
お茶を啜りながら真司君は一息つく。
それからお茶を噴きださんばかりの勢いで慌てて志音に文句を言った。
「は? ちょっと待てよ! 竜太に変な事ってなんだよ! そんな事、し……してねえし! おかしな事……ゴホゴホっ……言うなよ! な! な? 竜太」
真っ赤になってむせながら志音に吠えた。
「………… 」
「………… 」
その慌てっぷりが「変な事しました」って言ってるようなものだよね。
哀れみの顔で志音と康介が僕の方を見る。
「あ……うん。ぎりぎり何もなかったから、心配しないで」
僕はそう言って笑うしかなかった。
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