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匂い
黙ったまま修斗はサラダを突つく。
俺は言いたい事がまだあったけど、修斗が自分から何かを話し始めるのを待つことにした。
「……よくそんなに食えるね」
修斗が俺の口元に運ばれていく唐揚げやらを上目遣いでジトッと見つめ、ボソッと呟く。
「今日はバイト、靖史さんとこだったから。配達手伝わされたからさ、凄え腹減ってんの。ビールケース何個運んだと思ってんの? あそこの奴ら、俺の事こき使いすぎなんだよ」
「……そか、お疲れちゃん」
「………… 」
少し前から修斗の様子がおかしいのは気付いていた。何となくこいつが何に思い悩んでるのかは察しが付くけど……
「修斗は? さっきもう既に飲んでたみたいだったけど何してた?」
「………… 」
俺の声が聞こえなかったわけじゃあるまいし。
修斗は知らん振りしてサラダを食べている。
……ま、いっか。
俺はまた黙り、目の前の飯に集中した。
少しすると、とうにサラダも食べ終えてた修斗が小さく言った。
「俺……そんな匂う?」
「へ? 何?」
急に言うもんだからよく聞き取れず、俺はもう一度聞いた。
「そんな臭えかよって聞いてんの!」
ああ……さっきのやつか。気になるのかな。
「んにゃ、別に……なんかいつもと違うなって思っただけ。でもほんの僅かだけどその匂いが女もんだってのはわかるよ。まぁ、鈍感な康介なら気がつかねえだろうな」
俺が康介の名前を出したら修斗は目をそらしやがった。
「なに? 今日は女と遊んでたの?」
話を続けると、チラッと俺の顔を見て気まずそうに小さく頷く。
「……碧 ちゃん」
「……?」
修斗が言った聞き覚えのあるその名前に、俺は少し記憶を遡らせる。
「あぁ、懐かしいな!……中二の時だっけ?」
碧ってのは確か修斗の元カノだ。最初の彼女だったんじゃねえの? 幾つ上かは忘れたけど、歳上の彼女。
「中三だよ。それ以来ぶり……かな?」
「へぇ、元気してた? 俺も遊んだ事あるよな? 懐かしすぎる名前にびびったわ」
……なんで今更? 卒業前にすぐ別れたんじゃなかったっけ? そう不審に思ったけど、そんな事は顔に出さずに俺は笑顔で修斗を見た。
「たまたまこないだ会ってさ。今日は大学ないからって誘われた」
元カノからの誘い……
康介がいないからってノコノコ行くか?
少なくとも前の修斗なら康介が不安がるような事はしなかったはずだ。
やっぱり変だよな。
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