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サプライズ
どうしよう……緊張する。
ドキドキしちゃう……
僕は今、周さんと一緒に電車に揺られてドア側に立っている。そして周さんが混雑する人波から僕を守るように立ってくれてるんだけど、いや……この状態もよくある事なんだけど、いつもと少し違うのは周さんの恰好が大人びたスーツ姿という事。
カッコよすぎて直視できない……
恥ずかしい。
いや、周さんはいつもカッコいいんだよ?
でも髪まで大人っぽくセットしてるしスーツ姿なんて見慣れてないからダメ。
顔が火照ってしょうがない。
「どうした? 気分悪い?……次降りて休む?」
周さんが僕を見て、心配そうに顔を近づけ覗き込んでくる。
「いやっ……何でもないです。大丈夫ですっ!」
慌てて周さんの胸を押し少し離れる。
不思議そうな顔の周さんに、もう一度胸元を掴み屈んでもらい、小声で正直に話した。
「周さんが大人っぽくて、カッコよくて……ドキドキしちゃうんです。ごめんなさい」
「………… 」
言うんじゃなかった! やっぱり恥ずかしい!
正直に言ったものの余計に恥ずかしくなり窓の外に目線を泳がす。そんな僕のすぐ上で周さんがクスクスと笑った。
「竜太ってばよく言うよ……自分もじゃんか」
笑いながら周さんは僕の耳を指でなぞり髪を弄る。
「竜太もヤバイよ。カッコいいから俺心配……」
周さんは耳元でそう囁き、僕の髪を耳にかけながら頬を撫でるもんだから変な汗が噴き出してきそう……
「……もうっ! 揶揄わないでください」
周さんと僕は、雅さんとその旦那さんになる人の結婚パーティーに向かっている。だから二人とも着慣れないスーツ姿。周さんなんて大人っぽくてカッコよすぎるから、終始ドキドキしっぱなしなわけで……
周さんは僕の事もカッコいいって褒めてくれるけど、僕なんて大した事ない。逆に僕は服に着られてるような気しかしないから、恥ずかしいだけだった。
僕らの最寄の駅から数駅先で二人で降りた。ここから数分歩いたところに今日の会場となる謙誠さんのお店がある。
謙誠さんというのは周さんのお父さんになる人だ。周さんが言うには、高坂先生と修斗さんを足して二倍にしたくらいのチャラい人らしい……
……どんだけ?
僕の事も紹介する、と周さんが言うけど、いろんな意味で緊張度が増してしまった。
歩いている途中で靖史さんと修斗さんと会った。
「お! 竜太君も来てたんだ」
靖史さんも修斗さんもカッコいいスーツ姿。
「もしかして……」
「そう! 俺らも招待されてんだ……てかサプライズで演奏するんだよ」
靖史さんがそう言って笑った。
そんな事僕は聞いてない。
「周さん? 何で教えてくれなかったんですか?」
「ったく……歌のサプライズなんて何で俺が」
周さんは不機嫌そう。
「しょうがねえだろ。謙誠さんはうちのお得意さんなんだからよ。それに日頃お世話になってる雅さんの喜ぶ姿見てえじゃん」
靖史さんがそんな周さんの肩をバンバンと叩いた。
どうやら靖史さんの実家の酒屋さんが、謙誠さんの経営しているお店の何店舗かに飲料などを卸してるみたいで、昔から付き合いがあったらしい。
周さんと靖史さんが一緒にバンドをやってると知った謙誠さんが、靖史さんに頼み込んだみたいだった。
「周さん! 素敵じゃないですか! 雅さん絶対喜びますよ!」
「靖史さんの頼みじゃなかったら、こんなのやんねえよ。何が楽しくて自分のお袋に歌なんか贈んなきゃなんねえんだよ」
ぷりぷりしてる周さんに僕は小声で囁いた。
「でもこんな事がなかったら、なかなか感謝の言葉なんて贈れないじゃないですか?……よかったですね、周さん」
「……あぁ」
コソッと僕に見せてくれた照れくさそうな周さんの顔が、びっくりするほど可愛かった。
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