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挨拶

会場となるレストランは思った程は大きくなく、店内の片隅に小さなステージがあった。 ジャズの生演奏を聞きながら食事も楽しめるレストランなんだと、近くにいた店長さんが教えてくれた。今度彼女を連れて食べにおいでね……だって。 まだ招待客も雅さんも来ていない、準備中の店内。 サプライズの演奏のために、僕らは随分と早くにここに来た。僕はサプライズ演奏の事は聞かされてなかったから、何で周さんが早くに出るぞと言ったのかわからないまま一緒に来てしまったのだけど……忙しそうに周さんたちが曲の打ち合わせや楽器の準備をしている様子を、僕は邪魔にならないように店の隅っこに座らせてもらいぼんやりと眺めていた。 「………… 」 チューニングをしている修斗さんと目が合う。 そういえば、今日はまだ修斗さんと喋ってないや……ていうか、修斗さんの声すら聞いてないかも。 いつもはこちらから話しかけなくても元気よく構ってきてくれるのに。なんか変だな、なんて思いながらもう一度修斗さんの方を見ると、また目が合ってしまった。 ……あれ? ふっと目を逸らされてしまった。 いつもと少し違う様子の修斗さんが気になったけど、いつの間にか僕の隣に座っていた人に肩を組まれてしまい、びっくりしてそれどころではなくなってしまった。 「へ? ちょっと! 何ですか?」 至近距離でジロジロ見られ、どうしていいのかわからずに周さんの方を向いて目で助けを求める。 軽く日焼けした健康的な肌に、ハッキリとした顔立ち……僕の父さんより少し若いくらいかな? なんだか垢抜けててカッコいいおじさんって感じ…… あれ? もしかして…… 「君、かっこいいからうちでバイトしない? って思ったけど……若いね! もしかして高校生?」 「え……っと、あの……はい、そうです」 僕がそう返事をしたタイミングで、その人とは逆の方向に引っ張られる。 「あ! 周さん」 そこには僕の腕をとり、怖い顔をした周さんが立っていた。 「ふざけんなよ謙誠さん! 見境なしに口説くのか?」 「バカ言わないでよ、そうじゃなくて……カッコいい子がいるからバイトにどうかな? って思ったんだけど、近くで見たら随分と可愛い顔してるから……君が竜太君だろ? 初めまして」 周さんとその人のやりとりを見ながらすぐにわかった。 この人が謙誠さん……周さんのお父さん。 「あ! あの……初めまして。渡瀬竜太といいます! ……えっと、周さんとは仲良くしてもらってて…… あ! 本日はお招きありがとうございます!」 一気に緊張が膨れ上がった。焦ってしまい言いたかった事がごちゃごちゃしてきちんと挨拶ができなかった。 「竜太君、礼儀正しいな。いいよ、そんな緊張しなくて。僕は謙誠、安斎謙誠ね。君のことは雅ちゃんから聞いてるよ」 ……何をどういう風に聞いているんだろう。 「今日は身内って言っても殆どが僕と雅ちゃんの友達とか店関係の人間だから、気を使わなくていいからね。楽しんで美味しい食事していってよ。周君も今日はよろしくお願いします」 少しわざとらしく周さんに向かって頭をさげる謙誠さんに、周さんは溜め息まじりに「はいはい……」と返事をする。 「全く、相変わらず調子いいよな。靖史さんから言われなきゃ俺、やんなかったからな」 「調子いいって、そりゃそうだよ。やっと周君も僕に打ち解けてきてくれてるんだもん……この日を迎えられて本当に嬉しいんだ。ありがとうな。来てくれて」 心から嬉しそうにそう言って笑い、僕にも「今度はゆっくり話をしようね」と、もう一度挨拶をしてくれた。 「そろそろ雅ちゃんも来るから急がなきゃ……」 謙誠さんはそう言うと慌ただしく店から出て行った。

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