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対面

こんな時間にお客さんかな? 父さんは今週は帰ってこないのはわかっていたから、こんな時間の来訪者に僕は気になってしまい部屋で聞き耳を立てた。 「ちょっと待って、今家庭教師の先生がみえてるから……また今度に。あ、ちょっと?」 母さんの声が階下から聞こえ、何事かと思った瞬間康介の声が響いた。 「すみませんっ! わかってます。おばさん、ちょっとだけ時間ください。ごめんなさい!」 え? 康介……? どかどかと階段を上ってくる足音、そして僕の部屋のドアがバタンと開いた。はぁはぁと息を切らしてる姿から、ここまで走ってきたのだとわかる。 「康介?」 僕の問いには答えずに、真っ直ぐ碧先生の方を見据える康介の顔は真剣そのものだった。 「俺、鷲尾康介って言います。不躾ですみません!」 康介が部屋に入って来たのは僕に用があっての事だと思ったけどそうじゃなかった。康介は僕じゃなくて碧先生に用があってここまで来たんだ。 ……きっと修斗さんの事だ。 これからいったい何を言い出すんだろう。そう思ったらハラハラしてしまい何も言えなかった。心臓がドキドキする。 碧先生はきょとんと康介を見つめ、話し出すのを待っているようだった。 「あの……えっと、男なのに気持ち悪いって思われても、どんな風に思われても、俺は修斗さんの事が好きなんです。お願いします! お……俺から修斗さんを取らないで下さい! 俺には修斗さんしかいないんです! いなくなったら困るんです。わかったんだ……離れてみてわかったんだ……俺、やっぱり修斗さんじゃなきゃ嫌なんだ。お願いします。俺に修斗さんを返してください……お願いします」 目に涙をいっぱい溜めて一気にまくし立て、康介は深々と頭をさげる。 「……康介」 「多分修斗さんも今は俺じゃないとダメな気がする。俺の願望かもしれないけど……そうなんです。ごめんなさい。修斗さんのこと、諦めてください」 頭を深く下げたまま、康介はそう続けた。 「はあ?……何言っちゃってんの? ちょっと、康介君って言ったかしら?ほら、顔上げて」 碧先生が康介に近づくと、真っ赤な顔をした康介がゆっくりと顔を上げた。 「康介君、何か誤解してる? 私、別にあなたから修斗君を取り上げたつもりないし、修斗君とはなんでもないわよ……」 僕は突然の事にどきどきして二人を見ていたけど、碧先生も嫌な感じではなく康介と対等に接しようとしてくれてるのがよくわかった。視線をそらし、項垂れる康介の肩を優しく叩く碧先生を見て、碧先生は男同士の恋愛にも偏見がない人なんだと思い安心した。 「突然なんなの? この前の子よね? あの時はびっくりして怖かったけど……あ、そうか!……成る程ね」 碧先生は少し考える風に黙りこんだかと思ったらまた笑顔になった。 「康介君は修斗君の恋人だったのかしら? ごめんなさい。君の話、理解するのにちょっと時間がかかっちゃった」 クスッと笑う碧先生を見て、康介の顔がまた一段と真っ赤になる。おまけに言葉が出なくて口がぱくぱくしちゃってるからちょっと可笑しい。 「あ……いや! その、違うんです……じゃなくて、あ……えっと……その……はい」 初対面と言っても実際は二度目なのかもしれないけど、でも初めて会った人にあそこまで言い放ったくせして、修斗さんの恋人だったのかと聞かれた康介の動揺が酷すぎて、僕の方まで変な汗をかいてしまった。

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